■ 図書館配置図
2032 / 11 / 08 ( Mon ) ■長期連載中
メビウスリングクロスロード シリーズ いまのトコロ、エドとハイデリヒの空白の3年間を妄想で埋め立てる方向で話が進んでおります。 オチとしては実弟様にいろいろ責任をとって頂きたいなァ…… と、言うカンジで……たぶん。 プラトニック的にはBLかもだけど、一応『健全』の範囲内。 * 01.メビウスリングクロスロード there is... (2005.11.08初出 サイト開設&ハイデ追悼企画) * 02.メビウスリングクロスロード Reflection (2005.12.22初出) * 03.メビウスリングクロスロード メリッサ (2005.12.25初出 クリスマス企画) * 04.メビウスリングクロスロード DEPARTURES・1 (2006.01.09初出) * 05.メビウスリングクロスロード DEPARTURES・2 (2006.11.08初出 ハイデ追悼企画) * 06.メビウスリングクロスロード DEPARTURES・3 (2006.12.31初出) ■短編 Mebius Link Crossroad シリーズ 連載中のメビウスリングクロスロード シリーズに微妙にリンクしつつも、単独オムニバス形式 メビウスリングクロスロードでは禁じ手にした「こっちはハイエド一線を越えちゃった」が前提。 * Mebius Link Crossroad -天動説- (2006.02.04初出) * Mebius Link Crossroad -結果説- (2006.12.24初出 クリスマス企画) ■短編 * cogito, ergo sum (2006.10.27初出 ハイエドでエドアルでロイエド?) |
■ メビウス リング クロスロード there is...
2024 / 11 / 08 ( Fri ) はじめに彼に抱いた感情は「嫉妬」だった気がするのに、 その対象がすり替わったのはいつからだろうか…… 見た目から想像に難くなく、子供の頃からインドア派だった。 他の子よりは多少、学校へ通える日も少なかったと意識できる程に休みがちだったが、 それでも、ベットの中でも本は読めたし、むしろそれくらいしか出来る事がなかったとも言う。 そういうわけで、両親とは早い死別だったが、 学校へ行けない間、常に傍には母がいてくれて、あたたかく、父もやさしかった。 短いながらも十二分に自分は両親に愛されていたのだと確信を持てたことを考えると 天の配剤というか、あまり体が丈夫でなかったのは、かえって良かったのかもしれない。 ただ、シーツをかぶり、まどろみながら、窓枠で仕切られた世界の中で 貪欲に書物を読み漁り、吸収した知識を知恵へと昇華させる場を、そらを見上げながら探していた。 ・◆・◆・◆―――――――――――― はじめは、「母さんが褒めてくれる。」 ただ、それだけが嬉しくて、ぼくにも出来る事があるのだと、 錬金術を使うと、母さんが笑ってくれる。 ただそれだけが嬉しくて、ぼくにもしてあげられる事があるのだと。 ぼくにとって世界のありようなんて関係なかったんだ。 「一は全 全は一」「流れを受け入れろ」 灯されたランプを中心に弧を描くように広げた書物の中で、 兄さんと二人、疲れるまで錬金術や母さんの事を話しては、まどろんで、幸せな夢をみて 世界に背こうなんて気はこれっぽっちもなかったんだ。 知る事がこの上なく楽しかったのもまた事実ではあったけど。 やがて知る、世界の前で、どうしてぼくはその手をとってしまったのか…… ・◆・◆・◆―――――――――――― ぶっちゃげ、ぼくは今走ってます。追加ランニング中です。 理由は薪割りで楽をしてたのが師匠にバレたからです。 「精神を鍛えるには体から」と言うのがぼくの師匠の持論ですが、 錬金術の修行をやり直しに来た身としては、錬金術を使っての薪割りは有りなんじゃないかと思ってたのが甘かったです。 どうも最近、自分の魂? 意識?を別の物に移してコントロールできる事が判明して いろいろとやってみたいのに、師匠があまりいい顔をしないので、 こっそり、薪割り位なら、どこかに害が及ぶわけでもないしと、 小さな木製の人形を作って、やらせてみてたら、案の定、背後に仁王立ちの師匠がいました。 ・◆・◆・◆―――――――――――― ランニングに出かけたアルを見送って、半ば八つ当たり気味に足元の丸太を蹴り上げて、手刀で割る。 「環境が人をつくり、 人が環境をつくる。………か…。」 割り振られた仕事で楽をしようなんて考えはエドの役どころであって、アルはそれを止める役まわりだった昔を思い出す。 元来の穏やかな気質は変らないものの、暴走する兄を抑える任から解放されたせいか、 言いつけに背いてみたりと、年頃の男の子らしい振る舞いを見せるようになった。 兄であるエドを鑑みるに、本来はアルもそういった素養も秘めていたと言うことだ。 それだけの事をしたのだから辛いのは当然だと、ものわりよく、あの、冷たい鎧の中へ、罪悪感とを押し込んでいた頃に比べれば状況は遥かにマシなのに、 やはり、兄への喪失感はぬぐいきれないのだろう、まるでソレを埋め合わせるかの如く錬金術に貪欲にのめり込む。 もともと、母親の錬成時に肉体の全てを明け渡す程に、世界にのめり込もうとした事を考えるならば、今のアルはあの時と同じ危うさを孕んでいる。 魂を別の物へと移す術―――――――― あれはその危険の最たるものではなかろうか。 言葉を覚えたての子供のように、アルがあの術を試したがってるのは解っている。 抑えこんで遠ざけるよりも、きちんと術としてコントロールできるよう指導すべきなのかもしれない。 錬金術師としての資質だけなら、私よりも、エドよりも、誰よりもアルは「全」に近づいた人物だ。 「一」の枠からの融解のカタチがあの術ならば、門での記憶のないアルの才能は軽く私達を凌駕するところまで来ているのだろう。 皮肉なものだ。 母を、兄を、子供という個を求めた者がすがった術(すべ)が、全に至る道と言うのはいささか矛盾している感をいなめない。 だが、あの子は真摯な金色の瞳で、まっすぐに私を見据えて私に言ったのだ。 「それでも、ぼくらは繋がっている」 と。 エドの夢を見るのだと言う。 自分の知る兄よりは、少し成長していると。 魂を翔ばして、見えているのなら、兄が生きている確信へと繋がるのだと。 私は今度こそ、あの子を正しく導けているのだろうか… そもそも、人体錬成という禁忌を犯した自分にそんな資格があるのかと。 そんな話を夫にしたら、 「おなじ過ちを侵した者だからこそ、必死で止めてやる事もできるんじゃないのか」 そう、言われた。 まだ、二人で修行していた頃に、私の罪をまざまざと見せつけていたら、兄弟を踏み止まらせる事ができただろうか そう、考えてみたものの、所詮過ぎてしまった事だと頭をふって思考を切り替える。 たぶん、私に残された時間はそう長くない。 罪を犯した者として、このポジションで、私だけにしかできない事を残してやりたいと思う。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1922 「戦争が終わったのは万々歳なんだが、オーベルトさんも大学にもどっちまったし、ここも淋しくなるなぁ」 研究室と言う名のたまり場へ、一条の光が差し込んでくる。 積み上げられた本や図面を動かす度に舞った埃を露にする。 「こんな所に、窓、あったんですね」 本についた埃を払いながら箱へと詰める作業を繰り返していく内に、ようやく壁面の一角が姿を現したかと思えば、 窓ガラスの一枚が割れたのだろう、4面の内1枚を何か図式が書かれた紙で覆われた小窓が出てきたのである。 どうりで、さっきから渡される本のふちが日に焼けてると思った。 「とりあえず、その窓も開けません? 目に見えて空気悪いですよ ここ」 ヨゼフさんが建てつけの悪くなったハンドルをギシギシと音を立てて格闘していると、貼り付けていた紙がパラリと落ちる。 拾い上げて、透かしてみると風雨による伸び縮みで凸凹となった跡の他に何やら折りじわが入っている。 「思い出した! ここの窓、エドワードの奴が割ったんだよ。 紙飛行機とばしてて、先端にナットくっつけて、比重バランスの計算とか言って、ほとんどおふざけで。」 「それで、本を山積みにして隠してたと?」 「たぶん、そう」 「じゃあ、ここら一帯の本はエドワードさんのモノと」 「そうなるな」 「…………あの人、今日は来てくれるのかなぁ」 ヨゼフさんから手渡された紙をもう一度、折りじわに沿って紙飛行機へと形成しなおす。 だってね、気付いてしまったから、 紙の四方に本当に小さく書かれた模様に。 二重の円に小さな三角形が三つとそれを囲むように大きな三角形が一つ。 願いが叶うおまじないなんだそうだ。 科学者を自負するエドワードさんがめずらしい事を言ったのが妙に印象に残っていた。 本当は、窓を突き破って飛ばす気だったんでしょう? エドワードさん。 ガチャリと景気のいい音がして、鮮烈な風が吹き込んでくる。 折り直した紙飛行機をもう一度風にのせるべく、窓際から大きく放り出す。 けれど、風雨にさらされて翼の曲がった紙がうまく飛べるはずもなく、ほどなくして撃沈した。 ――――――――――……やるんじゃなかった。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1922 引き続き、研究室の整理中。 ミュンヘン大学に戻ったオーベルトさんの荷物を運び出した時も、随分、部屋が片付いた気がしてたけど、 意外に自分の荷物も結構持ち込んでいたようだ。 来週末にはぼくもミュンヘンへと移る。 文化の中枢、華やかなりしミュンヘンへ。 ここにいるのはオーベルトさんのレポートに感銘を受けて集まった人達ばかりだ。 その求心力であるオーベルトさんが不在となれば、散会して行くのは仕方のないことだが、 夢から覚めたように止める者、留まる者、ぼくと同じくミュンヘンへ移ろうと言う人もやはり多い。 当のオーベルトさんからは先日、博士論文の件で教授連ともめてるって笑いとばした手紙がきた。 ぼくらを相手にしてる暇はもうなさそうだけど、資料も情報も材料だってココとは圧倒的に違うはずだ。 あらかた私物の整理はついて、例の窓ガラスは今度はその辺の板きれで塞いでおいた。 本の割合は思ったよりは少なくて、エドワードさん自身が書いた図面とか、計算式だかメモだかわかんない資料の方が多かった。 おかげで。処分を判断できずに、エドワードさんのものらしい書籍やファイルは木箱につめて元の場所へ積みなおす。 昼を過ぎてもエドワードさんは一向に姿をみせない。 「エドワードさんも、移動組でしたよね?」 「いや、おやじさんがミュンヘンにいるって聞いたぞ」 「ああ、じゃあ帰るって事……なのかな?」 だけど、ぼくは知っている。 彼が本当に帰りたいのは、そんな所ではない事を。 「エドワードの奴、最近様子が変じゃないか?」 「エドワードさんは、いつも変ですよ」 「ああ、まぁ、答えが先に出ちゃうタイプなんだよな、始末が悪いのはそこに至る過程を説明するのが下手って事で 端から見てると、ナントカと天才は紙一重ってのを痛感させられるよな」 ……天才…ねぇ 最初はぼくもそう思ったけどさ、彼が努力の人だって事をぼくは知っている。 まるで何かに焦り立てられるように研究にのめりこむ。 必死さとか、切実さとか、そういう意味では仲間内の誰よりも真剣に研究にとりくんでいた。 それを天から与えられた才能なんてお気軽なモノに置き換えてしまうのは実に失礼なんじゃないだろうか。 でも、だからこそ、時々、しんどそうに見える。 まるで、欠けた何かを埋め合わせるように、追い求めてる何かがあるような、 知識を得る事自体に貪欲なわけでもない、ロケット開発だって、彼にとっては手段でしかない。 最近は、方法はこれしかないのだと思い込もうとしてるみたいだった。 はじめから、とりつくろった笑顔が大嫌いでしたよ。エドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 仲間うちでその名前が出た時、オレはもっと警戒すべきだったのかもしれない。 愚かな事に、正直、どんなに抑えつけようとも、覚悟よりも期待の方が大きかったのは否定できない。 幸いにも前情報を与えられていたにもかかわらず、 差しのべられた手にとまどう自分を、ぎこちない自分を、意識せずにはいられなかった。 もし、出会いがもっと突発的で、オレが自分をとりつくろう事もできずに、 みっともなくあいつに縋りつけていたら、オレ達は違う結末を迎える事ができただろうか―――― ・◆・◆・◆―――――――――――― 本心を隠したのはどちらが先だった?―――― ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1921 久しぶりに体調をくずして4日研究室に顔を出せない日が続いた。 開発中のエンジンの進捗が気になっているところに、マーテルさんがお見舞いに来てくれた。 かと思ったら、おもむろに図面を取り出してチェックしろと言う。 本当にみんな容赦ない。 それでもみんながぼくを気にかけてくれていて、勝手に作業を進めるのも悪いと思ってくれたのだろうと思うと自然と気力が沸いてくる。 資料を見て一目でわかる。方向性が変更されている事に。 それは確か強度の問題で断念した物件だった。そして、この案はその問題をクリアして、今開発中の物に対して数値上では140%は出力が上がる計算になっている。 マーテルさんの話によれば3日前にやってきた少年が即時に問題点を指摘して代案を出してきたのだと言う。 それからは皆、図面を引いたりと即行動に移ったようだ。 マーテルさんの目の下に薄っすらとできた隈がソレを物語っていた。 年頃のお嬢さんなのに… うちのグループには若い人が多かった。何しろ中心人物のオーベルトさんがまだ、20代だから。 畏まって権威だけ振りかざすオジサン教授じゃ、こんなに自由にやらせてもらえなかったんじゃないだろうか。 何より熱気がちがったから、新しい発案はまず行動だった。 幸いにも、ぼくが最初に門を叩いたのがオーベルトさんの所でなかったら 今ぼくがロケット工学にのめり込んで、続けられてたかは疑問である。 自分で言うのも何だけど、家で本ばかり読んでて、世間知らずな自覚はあった。 知識だけが豊富で、休んでても学校の成績は良かった分、自分は井の中の蛙なんじゃないかって危惧はあった。 だから、オーベルトさんの所で認められた時はすごく嬉しかったんだ。 志が同じだったから、元からいたメンバーとは直ぐにうちとけられた。 近所の子供連中とはワケがちがう。 ぼくが一番年下って事もあってか、最初はみんなやさしいだけだったけど、 今、こうやって寝込んでるにもかかわらず、仕事を割り振ってくれるのは対等に認めてくれてるって事なんだろう。 新しく来た人が17才だって聞いても驚かなかった。 何しろぼくがその一つ年下だったし、 オーベルトさんだって11才の時に母親から貰った本、ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」は大好きだったけど、 13才の時には作中で登場する大砲を使うような打ち上げはナンセンスって論破しちゃったくらいだから。 (ちなみにマーテルさんが17才の人を少年といった理由は一目瞭然だった) 添付された資料を見る限り、英語と独語の入り混じった見慣れない筆跡が新しく入った人のモノなんだろう、 英語はクセ文字なのに独語は活字を見本にしたような丁寧な書き方だった。 それも要因の一つだったけど、何より数式の過程が一足飛びで、後から第三者が追って読むには難解だ。 逆にそうとう出来る人と言う印象を与えたこともまた事実である。 優秀な人材がメンバーに加わるのはうれしいハズなのに、 素直に喜べないのは、ぼくの不在中にやってきて、ぼくが出遅れた気になったからかもしれない。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1921 握手を求めて彼の手に触れた瞬間、あぁしまったなと思った。 常にある感覚とは違い、その手には温もりも柔らかさもなく、手袋の下が義手である事が知れた。 その時のひどくぎごちない笑みの、本当の理由を理解するのは、ずっと後になってからだった。 改めて左手を差し出そうとして、やめた。 彼が警戒してる空気が、なんとなく読めたから。 彼はぼく以外の人間には日なたで金の毛並みが映える仔犬のようだったけれど、 ぼくに対してだけは、遠まきに凝視して、決して近寄らせない猫みたいだった。 ぼくは彼に何かしだだろうか? 最初の握手が悪かったのかと、 なんで皆、彼が義手である事を先に教えてくれなかったのかと思ってみたけど 別にそんな事が話題にならないくらい彼が研究者としてすごいって事の表れだとすぐにわかった。 ひきよせられるような意思の強い、金の瞳。 彼の身体的特徴を挙げるならば、むしろそちらの方が印象的だったかもしれない。 此処にくる人は大抵、希望に満ちた目をしていて、それ自体はめずらしい事ではなかったが、 彼の場合、決意の強さが伺えた。 その瞳がついぞ、ぼくを見る事はなく、 ましてや、曇ってしまう時がくるなんて、思いもしなかった。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 周囲からのオレの評価は「天才」なんだそうだ。 オレはそう評されてあえて否定も肯定もしなかった。 驕りではない。 確かにオレは門の中で真理だか何だか知らないが、こちらの情報を得てしまっている。 そう言う意味では紛れも無く自ら獲得したものではなく、与えられたものなんだろう。 皮肉なものだ、 オレが求めたものはいつだって、そんなモノではなかったハズなのに。 だが、コレがアルの元へ帰る道に繋がるなら、いくらでも利用してやるさ。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1921 なぜ、彼に避けられなければならないのか―――― そのくせ、気がつけば、彼がぼくの姿を追っているのには気がついた。 なぜなら、ぼくもその理由を知ろうと目で追ってしまっていたから。 だから、気付いたのはぼくだけだろう。 「あれは嘘だ」 うちとけているように見えるのは、表面上だけで、彼は常に人と距離をおこうとしていた。 彼が見せる笑みの本質は、初対面でぼくに見せたものと同じで無理があった。 それでも彼は、その類稀なる才能と可能性への探求心をもって、グループの中心人物へとなっていく。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 「エドワードさんは ぼくの事がきらいでしょう」 問われた瞬間、ついに来たかと覚悟する。 お互いがお互いを意識している事は承知だった。 直球な物言いに、アルフォンスの真っ直ぐな実直さが伺える。 もはやごまかしきれなかった。 想定される事態でありながら、何をどう答えたのかは、いっぱい、いっぱいで、覚えていない。 ただ、アルフォンスが最後まで口を挟まず、真摯に聞いてくれた事がありがたかった気がする。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1921 ようやく、エドワードさんがぼくを避けていた理由を話してくれた。 むしろ、ぼくにしてはめずらしく、無理矢理、話させたと言った方が正しい。 慣れない事をして、話を切り出すのに緊張した。 身に覚えのない不当な扱いを甘んじて受ける程お人よしでなかったし、 自分に否があったなら、謝るべきだと思っていた。 共同研究をする以上、変なわだかまりがあるのはお互いやり辛いらいし、 何より、エドワードさんの発案は目を見張るばかりで、忌憚なくやり合いたくてたまらくなったと言うのが本当のところ。 今は会えない弟さんにぼくが似ているのだと語るエドワードさんは、最後までぼくと目線をあわせようとしなかった。 自分としては、その理由自体は呆気にとられる、なんてないものだったけれど、 エドワードさんの当惑してる瞳を垣間見てしまってはそれ以上の事はききだせなかった。 「すまない」と謝られて話が終わる。 沈黙に困って一言、禁句である事は重々承知で率直な感想を述べる。 「自分より、小さいお兄さんってどうだろう」 「………ッ 誰が、図面ケースに入るほどのドチビかーーーーーっつ!」 ほかのメンバーが揶揄した時のように、素で怒ってくれたので、ぼくも「ごめんなさい」と謝った。 「ま、 これでおあいこだな」 肩をおとしてやれやれとなったのは二人同時だった。 ぼくたちの緊張はこの一言で溶けてしまった。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1922 ロケットを開発したいのは、自分がもと居た世界に戻りたいからだと打ち明けられて、 その非現実的な話に、からかわれてるのだと怒ったわけでもない。 あれだけロケット工学に打ち込んで才能を発揮しておきながら、その不純な動機に裏切られた気がしたのでもない。 どこか、取り残されたように、淋しかったのを覚えてる。 資金がつきて研究をやめる人もいる。 別のグループに移る人もいる。 でも、エドワードさんととはずっと一緒に研究を続けられるだろうと思い込んでいた自分に気がついた。 貴方がどれだけ、向こうの世界が――― 弟さんが――― 大事なのかは、知ってるよ。 貴方がぼくを呼ぶ声、 見つめる瞳、 触れるぬくもり、 それらが全てを教えてくれる。 不思議だね、君がこの世界にいないと聞いて、逆に君の存在が増すなんて。 正直に言おう、ぼくは君に嫉妬しているよ。 アルフォンス・エルリック ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1922 香ばしいアーモンドとシナモンの香りに誘われたのか、 はたまた、3時のおやつを狙ってきたかのように、エドワードさんはやってきて、 コーヒーを片手にフロレンティーナをついばみながら 「処分」 と、一言、端的に述べ賜いました。 一瞬、研究をやめる気なのかと不安になると、 「あっちに行けば、行ったで、大学の図書館とかあるだろう」 って事も無げ言ってきます。 ああ、そうですね、全部エドワードさんの頭の中に入ってれば良いだけの話ですもんね。 心配した自分がバカでした。 エドワードさんにはとても大事で捨てきれない何かがある。多分、弟さんの事なんだろう。 それに必死で手を伸ばして、他の物は持てないとでも思ってるのか、その他の事には無頓着だ。 いつだったか、エドワードさんがあんまり、サクサク文献を買ってきては放置するので やっかみと、からかい半分に、その右腕と左足の慰謝料でもふんだっくった金なのかなんて言われても、 「そう言うことに、しておけば」なんて否定せずに返すもんだから、ぼくの方が腹を立てて 言った相手とエドワードさんの両方にコーヒーをぶちまけた事があったけ。 あぁ、あの時の床に着いたシミがまだ残っている。 なんでぼくが怒ったのかわかってるんですか? エドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ルーマニア 1922 成長するにつれ、体調をくずすことも、寝込むことも、そう無くなった。 ロケットや燃料、エンジンの話で盛り上がり、夜通し熱弁を揮う事もざらである。 ただ、こういった事に使う体力と基礎体力は別物だ。 前を歩く、ヨゼフさんに至っては、言わずもがなだけど、 なんで、義足・義手なのに、本の詰まった木箱をぼくより軽々と担げるかな? 力の、重心のかけ方にコツでもあるの? 本人に言わせれば、コレでも随分と体力は落ちてきているのだそうだ。 無理ができる程の機能性はない不自由な義足・義手に加えて、組み手相手の弟もいないからと。 ついでにエドワードさんは弟に勝てた事がない事を苦笑しながら話してくれけど、 それで、ぼくと弟さんが似てるってどういうコト? ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922 ミュンヘンへきて1週間。 先にこちらへ移っている仲間の所へ顔をだしたり、そのツテでジャンク屋や工場を紹介して貰ったり、 夜は夜で、歓迎会と称してビアホールでバカ騒ぎ。 酔いつぶれたエドワードさんの面倒をぼくが見るのは暗黙の了解になっている。 おかげで、ぼく自身はエドワードさんを送るの前提で飲むから、酔いつぶれるまで飲んだのはいつの事だったっけ? どっちが年上だと思ってんのさ。 まぁ、出逢った頃の警戒心に比べれば甘えられてる方がましだけど。 エドワードさんのお酒の飲み方で性質が悪いと思うのは、つぶれる寸前まで、本当にフツーに飲んでるように見える事。 それ相応に、酔って饒舌になる事もあるけれど、 そんなの、周りの比じゃないしね。 ここ1週間で連チャンで飲んでると、さすがに少し分かってきて、 一人でちびちび、周囲を遠巻きに見ながら飲みだしたら、時すでに遅しだって事。 一人で帰らせるのはまず無理だ。むしろぼくの方が心配で気が気でないよ。 向こうの世界でずっと旅をしていたって言うだけあって、どこででも眠れるみたい。 なんとかその前に止めたいけど、負けず嫌いな上に、エドワードさんの受け答えはしっかりしてるから 本人が「まだ、いけるって」と言えば、周りが次を注いでしまう。 そんな、こんなで、先日、エドワードさんを送っていって、初めてエドワードさんのお父さんにお会いした。 朗らかで、やさしそうな人ではあったけど、 エドワードさんの普段の言いようから、きっと喰えない人なんだろうとも思った。 今日はぼくも飲みすぎたのか、今までのが貯まっていたのかちょっとエドワードさんを送る余裕がなさそうだ。 めんどくさいので、ぼくの下宿先に泊まってもらおうと思う。 どのみち、ルームシェアリングの相手が見つからなければ、あの部屋はロケット仲間のたまり場か機材置き場になる事は必至だろう。 ・◆・◆・◆―――――――――――― この間、もう一人の私達の息子に逢ったよ、 トリシャ。 先ほども、エドワードを自分のところに泊めるからと、わざわざ電話をかけてきてくれた。 君に似て、気遣いがいきとどいて、やさしい青年だったよ。 きっと、エドワードの事も親身になって支えてきてくれたのだろう。 そしてこれからも。 君が私にそうしてくれたように――――― 本人には自覚がないかもしれないけれどエドワードはハイデリヒ君がアルフォンスとは別人だとわかっているよ。 だからこそ苦しいのだろう そしていつか、彼にだってそれが苦痛になる日が来るかもしれない。 そうなる前に、この世界をあるべき姿に戻すのが私の責任だ。 君が愛してくれたこの体のまま朽ちていくつもりだったけど この罪深き命に他に使い道があるのなら、 私達の息子達の望みを叶える事ができるのなら、 もう、思い残すことは何もない。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922 こういうエドワードさんを前にも見たな。 朝起きて、エドワードさんを送る為に二人でアパートを出たところで家主のグレイシアさんに会った。 ぼくは普通に挨拶をし、グレイシアさんも「おはよう」と返してくれる。 そんな日常の一コマのなかで、エドワードさんだけが、凍りついてしまっていた。 既視感のもとをたどれば、自分と逢った時と同じなのだとすぐにわかった。 「グレイシアさん、こちら僕の友人でエドワードさん、 多分これからちょくちょく来ると思うんで、その時はよろしくお願いします。」 間を不信に思われないよう、フォローをいれる。 「よろしくね、 エドワード君」 自分の名前を呼ばれて、ようやく我に返ったらしい。 「えっ....と、 あの こちらこそ」 しどろもどろで握手にこたえる。 ここで「あなたが美しくて見とれてました。」とか言えないのがエドワードさんだよな。とか思っていたら 「ところで、旦那さんと、お子さんは……」 なんて言い出した! しかも握った手をそのままに、俯きかげんで目をあわせられないって風情で!! これには僕も言葉を失ったけど、 頭の中では、どうしてこう数式だけでなく行動まで一足飛びなんだとか、 ふつう、彼氏の有無の確認からでしょとか、 たしかに天才肌の人は、姉さん女房を選ぶけどとか、 まさか向こうの世界の恋人に似てるとか言い出さないよねとか、一瞬のうちにぐるぐる考えてたよ。 当のグレイシアさんは、さすが大人な女性だ。 「あらやだ、 まだ独身よ」 って軽くかわしてくれたんだけど、 だけどさ、ちょっと待って、 なんでそこでがっかりするの? わけわかんないよエドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922 引越しのドタバタも一段落して、本腰を入れて研究に打ち込める環境になったのもあるのだろうけど、 また、エドワードさんに距離を置かれてしまったような気がする。 その姿がまるで研究に逃避しているよう見えて心配になる。 しばしば借りてる工場に泊り込んでもいるようだ。 もともと父親とはあまりうまくいってなかったとか言ってる事もあって 家に帰るのが嫌なら、ぼくのところに泊まればって言ってあげたいけど、 ぼくの部屋よりは、グレイシアさんを避けてるふしがあって言い出せない。 思えば、弟さんがぼくに似てるって事は、 エドワードさんのお父さんから見れば息子に似てるって事なんだよね。 初めて会った時はそこまで考えが及んでなかったし、 お父さんの反応も特に変った事がなかったから気がつかなかったけど ひょっとして、ぼくの事で何か言われたのかなぁ。 エドワードさんの言う世界を全て信じてるわけでもないのに、 何でもいいから話してくれればいいのにと思うのは傲慢なんだろうか。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922.11 なぜ、あの時、オーベルトさんを呼んでしまったのか、悔やまない事もないけれど、 結果はきっと、遅かれ、早かれ同じだったのだろう。 その日はその年初めてミュンヘン市内にも雪が降り積りかなり冷え込んだ。 まだ足跡のない無垢な新雪を踏みしめながら工場への道を行く。 一番乗りと思っていたが、工場の窓から明かりがみえる。 またかと思う。 風雨は凌げるとはいえ、 鉄でできた柱とトタン屋根。隙間風の吹き込む窓に、うちっぱなしのコンクリートの地面。 底冷えする伽藍としたスペース。 最低限必要な、エドワードさんが突っ伏している机だけを照らす明かり。 家に帰りたがらないエドワードさんを操縦する為に 「このご時勢に、一人で残って、石炭のムダ使い」と言ったのを気にしたのだろうか。 ストーブの火はかろうじてついている程度。 「エドワードさん、寝るなら仮眠室行って下さい。風邪ひきますよ。」 「 」 返答がない。 今日は雪に埋もれて、凍りついた工場のドアを開けるのに、結構な音も立てた気がする。 工場内にいれば、その反響音は尚更だ。 訝しんで寝顔を覗きこむと、 うっすらと顔が紅い。 呼吸が浅い。 額に手を当てるとこの上なく熱かった。 後から思い返せば、自分はかなり動転していたのだろう。 まず、自分の手がかじかんでいたと言う認識はなく、そんな手で触れて正しい判断などできていなかった。 エドワードさんの意識がなかった事も拍車をかけた。 最大の失態は、医者を呼ぶつもりで、オーベルトさんに電話をした事だ。 あわてて駆け寄った電話台。 取引先やメンバーの連絡先を書いた電話帳が本来あるべきところに姿がなく、 目前の掲示ボードには日焼けした請求書やら、発注書。 もはや不要であろう伝言のメモ紙ばかりが目に付いた。 その中で一際目を引く真新しい白い紙にインクが色濃く発色したメモが、先日指導にきたオーベルトさんの連絡先だった。 どういう思考回路が直結したのか、 (どこかでオーベルトさんが医学部に在籍していた事を記憶していたのだろう)思わず電話をしてしまった。 早朝にもかかわらず、ぼくの慌てっぷりを察してくれたのか、(オーベルトさんが電話に出た時点で我に返ったんだけど…) お門違いな連絡を受けたオーベルトさんは、医者を手配してくれ、 その後、ご丁寧に見舞いがてらに、ぼくをからかいにきてくれた。 肝心のエドワードさんは、ぼくの動転に見合うくらいは深刻で肺炎の一歩手前。 普段からの疲労の蓄積。 机で毛布一枚もかけないままの転寝。 義手・義足から通常以上に受ける外気温の変動の影響。 加えて今朝の冷え込み。 これだけの要因がそろってて、むしろ一歩手前で済んだのは、基礎体力があるからだろうと褒められたけど、 なんか違う…… ・◆・◆・◆―――――――――――― こう言う時、如実に体力が落ちていると痛感する。 以前はもっと過酷な状況で旅をし、研究をしていたにもかかわらず、 体調を崩したとしても、一晩ぐっすり眠ればアルが呆れるくらいに完全復活できたものだった。 心配症のアルを安心させる為にもう半日ベットに留め置かれる事はあったが、所詮半日だ。 丸一日ともたず、ヒマを持て余して、起きる起きないの押し問答。 「それだけ騒ぐ気力があるなら、もう、起きればいいよ」と言わせたものだった。 アルフォンスの方はと言えば、外した義足・義手を隠してしまうという実力行使にでてしまった。 普段温厚なくせに、怒らすととんでもない行動に出るところまでアルに似る必要はないだろうに… オーベルトはオーベルトでしゃしゃり出てきたかと思ったら、「当分工場への出入り禁止」とか言って ベットでヒマなら添削しておいてくれとテメーの論文を置き土産に言いたい事を言って帰って行った。 別に久々に顔を出したオーベルトが資金集めしてる工場でもないので言い分をきく必要はないのだが、 アルフォンスが賛同してしまっている以上、無理に出て行ったところで叩き出されるのは目に見えている。 することもないので、ベットに横たわって、暗澹たる気分でオーベルトの論文をめくる。 アルフォンス達に反抗する気力がないのは、何も体調のせいだけではない。 学位論文用に書いたオーベルトの論文は学術的な要素は確かであったが、 その大胆な可能性の提示に教授連の反発を買ったと言う。 自らの地位を守る為だけに保守性の強い権威者の支持など、 今までの経験上、真実の前では無意味なのは重々承知だが、 実際問題、世間の認識と、スポンサー、研究費の面で苦境に立たされる。 そして、オレにとっての最大の問題は、今だ「大胆な可能性の提示」にすぎないと言う事なのだ。 賢者の石を求めていた頃は、それは伝説級の代物であり、今よりももっと可能性は低かったはずなのに邁進できた。 こちらに飛ばされて、まだ二年も経っていない。 多少の問題は自分が門の中で得た情報でカバーできると思っていた。 アルと共に歩いた4年間に比べれば、まだぜんぜん努力の仕手はあるハズだった。 だが、よしんば、宇宙に出たところでオレの世界に繋がるのかも怪しいのだ。 こうして休息をとってしまえば、余計な事ばかり考えてしまうのは分かっていたから 不安と焦りを覆い隠すかのように、がむしゃらに机に噛り付いた時期もあったが、それとて結局、逃げなのだ。 同時に、届かないのを認めるのも強さだと言うのは負け惜しみだろういう思いもある。 どの選択肢も選べずに閉塞感だけが増して息苦しい。 この、今、外の雪の様に降り積もる倦怠感の理由を認めてしまえば、オレは楽になれるのだろうか。 ここには、自らの体温で降りかかる雪を溶かす事のできない鎧の弟はいないのだ。 オーベルトはこの論文をもう少し一般にわかり易く直して出版する気なのだと言う。 大戦に敗れ、インフレに喘ぎ、圧迫されたこの世界に夢は必要だと。 転んでもただでは起きないその不屈の精神は尊敬に値するが、 10才そこらの子供にムチャな可能性を提示するバカと言う点ではオーベルトは大佐に似ているのかもしれない。 「正直に言おうか、エルリック君。 論文の中では30年も経てば経済的に採算の取れる程に発展すると書いたが、 今回の件で、私は今の世間の認識のままでは、あと30年たっても有人で大気圏外に出るのは難しいと思っている。 だからこそ、今はただの愛好家団体にすぎない君達にでも先を繋いで欲しいと指導するのだ。」 オーベルトはそう言って、論文を手渡し、オレにその片棒を担げと言う。 とんだお笑いぐさだ。 そんなオーベルトでさえ卒業後は故郷に帰って数学教師に甘んじるのだと言って自嘲気味に笑っていたじゃないか。 論文の束を力なく手放すと、縛っていた紐がはずれて雪崩状に広がった。 「オーベルト、 あんたはこの本で夢を振りまくつもりかもしれないが、 オレには絶望の書になったよ。」 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922.11 様子を見にエドワードさんの家に寄ると、散乱する書類の中でエドワードさんは寝っていた。 おとなしく寝ているワケがないとは思っていたけど、この有様は片付ける気力のなさを物語っていた。 顔をのぞきこむと、すこし蒼白かったが、熱は下がったようだった。 レポート類を拾って、一纏めにしておく。 ストーブに石炭を補充する。 あいかわらず、父親が帰ってきている気配はない。 別にエドワードさんも幼子でもないし、熱を出したからと言って親が必要なわけでもないのだが、心配の要素は増える。 以前から放浪癖があるからこんなものだとエドワードさんが言うのをそのまま受け取ってよいのだろうか。 「アルフォンス いるのか?」 思考を中断したのはエドワードさんの声だった。 自宅で人の気配を察して、それを父親と最初に思わないのもいかがなものか。 「ごめん、起こしました?」 振り返ると、身体を起こさないまま、視線でぼくを探していた。 「具合、どうですか」 「背中痛い、バキバキする。」 「あー 固まりますよね。」 身体を助け起こしながら、改めて熱がない事を確認する。 エドワードさんは腕と肩を徐々に大きく回して慣らしていき、最後に僕の額を軽く小突いた。 「さっさと、義足と義手、返せ」 親身になって世話をして、心配させて、開口一番それですか……? 「帰りには出しときますけど、 いい機会だから、すこし休んだらどうですか」 「レポート、片付けてくれたんだ。 悪リィな」 目線は既にサイドボードの上。 人の話を聞いてるんだか、 いないんだか。 今更、言って素直に聞くような人でもないので、話題をかえる。 「お腹すいてるでしょ、 りんご、 コンポートと摩り下ろしたのとどっちがいいです?」 「あつあつのアップルパイにアイスクリームのせたやつ」 暴君ですか、貴方は…… 「あぁ 食欲がなくて、何も食べたくないと。」 「わー うそうそ、そのまんまでもいいんで、何か食わしてクダサイ」 台所を借りて、りんごを剥く。 最近はあまり使われてない様子で生活感がまるでない。 ビアホール等での外食ですます事が多い上に、工場への泊まり込み、寝に帰るだけ部屋。 帰るべきホームではなく、ハウス。 この状況で、まるで自分の身体を省みないエドワードさんを一人にしておけるワケがない。 人間、体調を崩せば心細くもなる。 加えて、今回の自己管理のなさを盾にして、籠絡するなら今しかない。 結局、自分から折れてしまうのかと自分の人の好さに呆れてしまう。 低レベルな反抗として、出来上がったばかりの甘い匂いが香り立つコンポートをエサにして、相部屋話を持ちかけた。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922.11 この時、自分がなぜここまでエドワードさんを放っておけなかったのか、なぜ固執しているのか考えてみれば、 あれ程にエドワードさんを追い詰めたりはしなかったのかもしれない。 父と母から、両親亡き後は姉から、惜しみない愛情を注がれて、 それを、今度は自分が受け渡す側にまわる事はごく当たり前の事だと思ってた。 ・◆・◆・◆―――――――――――― まったく、弱っている時に重要な決断などするものではない。 オーベルトの依頼を最後にロケット工学からは手を引くつもりだったのに、 なまじ、アルフォンスの所に転がりこんでしまったため、それもままらない状況に陥っている。 なぜこの矛盾に気付かなかったのか。 冷静になって考えれば、オレとアルフォンスの接点などロケット工学だけなのだ。 どんなにアルに似ていようと、無条件で常に共にあり続けられるような関係ではないのに アルフォンスから離れられないのは、オレの甘え以外のなにものでもない。 アルフォンスの包容力に胡座をかいて、アルフォンスが許してくれるのをいい事に当然のように傍にいて、 二人の足場を構成するものが何であるのか錯覚していた。 前を歩くアルフォンスの持つ荷物は2人分の食料と生活雑貨。 ときどき振り返っては、「そこ凍結してるから気をつけて」と注意をうながす。 屋根に積もった新雪と、路肩に寄せられ解けていく雪だるまの残骸。 新市庁舎とマリエン広場を中心に、所狭しとマーケットがたっている。 不景気ながらも、街はクリスマスとやらのお祭りムード、一色だ。 元はこちら側で信仰されてる神様の生まれた日なのだと言う。 母を錬成し、世界の律を思い知りながら、 今度は弟を錬成した。 あちらの世界の流れに従えないと言うのなら、あの世界から締め出されたのは、理にかなっている。 まさにこちらの世界はオレに相応しい牢獄だ。 この世界から逃げだそうと言うのは、また世界の理を乱すということだ。 あれは再び禁忌を犯す気でいた自分への枷なのだろうか。 神の赦しなどいらない。 償う気などさらさらない。 それでも罰を与えると言うならば、 ―――――――――― この世界でお前だけに裁かれればいいよ。 アルフォンス。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922.12 あれ以降、エドワードさんは度々調子を崩す。 無論、本人が不調を訴えるわけはなく、周囲に気付かせるわけもなく 一緒に暮らしていなければ、ぼくすらも欺むかれていただろう。 むしろ、それ以前にも、そういった不調を隠していた可能性はある。 おそらく初期段階として視界が眩むのだ。 時々目測を誤まるのを義手・義足のせいにして上手にごまさかれていたのではないか。 今日も今日とて、何ともないと言いはるエドワードさんの抵抗を抑えつけて、ベットに追い立てる。 体格差があるとは言え、ぼくなんかの腕力で押さえこまれてしまうのは、不調な証拠である。 寝かしつけて、のど元に触れると、リンパ線がすこし腫れている。 わざわざ体温計で熱は測らないし、薬も処方しない。 熱を測る時は数値を出してエドワードさんに有無を言わせない時に使う。 精神的なものと分かってるから、休ませるのが一番だと思っていた。 首もとから指を沿わせて額に触れ、前髪を掻き下ろす。 エドワードさんは観念したように瞳を閉じる。 「そう言えば、オレ、アルフォンスの事あまり知らないな」 目をつぶったまま、吐息を吐きだすようにもれるエドワードさんの言葉。 「話せよ、アルフォンスの事、そうすれば、オレもあっちの世界の事、話してやるからさ 等価交換ってヤツだ」 「なんですか 急に」 いぶかしむ自分にエドワードさんは催促する。 「いいから話せよ」 「えーと、 アルフォンス・ハイデリヒ 16歳。 生まれも育ちもドイツです。 ルーマニアでオーベルトさんの師事を仰いだ後、 今はミュンヘンでエドワードさんと暮らしながら、ロケット開発をしてます。」 「それから?」 「家は中流階級の真ん中よりちょっと上くらいだったかな、 11歳の時に両親が早逝して、 6つ年上の姉に育てられたよなものです。 その姉も今年の春、結婚してぼくも肩の荷がおりました。」 「知ってる。 オレも参列したから。 お前に似てやさしそうだった。」 「正直なところ、相手の義理の兄に対しては複雑な心境です。」 「わー シスコンだ」 「ブラコンのエドワードさんに言われる筋合いはないですよ、 おかげで、ミュンヘンでの悠々自適な暮らしを手に入れたかと思えば、これも等価交換かなと思ってます。」 「おいおい…」 「そう言えば、女手一つで育てられたとか、姉弟二人っきりとか、境遇は似てますね。ぼくたち。」 「そおかぁ?」 「他には…、明日、エドワードさんの体調がもどらなければ、朝食はミルク粥にしようと思ってます。」 「やめてくれ、余計悪化する」 「嘘ですよ、 今日のシチューが残ってますから、それでガマンしてください。」 「今度はエドワードさんの番ですよ。 なんでもいいから話してください。」 「……………」 「…? エドワードさん。」 眠ってしまったのかと思って視線をむけると、酷く迷った顔をしていた。 初めて顔をあわせた頃に、自分を避ける理由を問いただした時以上に。 「アルフォンス」 絞り出すように僕を呼ぶ声。 「なんですか」 「オレ、 ロケット作りやめても、ココにいていいか……」 ―――束の間の瞬巡。 張詰める緊張。 切れた糸。 「相当、重症のようですね。 すこし頭を冷やした方がいいですよ。」 そんな答えでいい筈がないのはわかりきっていたのに、 エドワードさんがどれ程の覚悟でその言葉を口にしていたかもわかっていたのに、 それだけしか言えなくて、 心中では、ぼくは逃げ出すように部屋を出た。 ・◆・◆・◆―――――――――――― ―――――肝心なところで、甘やかしてくれないのも、アルなんだな。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1922.12 こんなにも側にいるのに貴方が遠い。―――――――――――――― エドワードさんとずっと一緒にいられる。 エドワードさんが向こうの世界を、弟さんを、諦めてくれる。 エドワードさんがこちらの世界を、ぼくを、認めてくれる。 そして、それが エドワードさんがロケット開発を断念する事なのだという図式を、ぼくはどれ程に理解していたのだろう。 今まで築いてきたぼく達の関係とはなんだったのか。 自分の中がぐちゃぐちゃで、ひどく卑怯で汚い人間だ。 誰のせいでこんな思いをしなければならないのか。 どうして、何も知らせずに上手に騙したままでいてくれなかったのか。 嘘をつき通してください。 ―――真実の奥の奥。 知りたがったのは自分だ。 人の人生を書物で得る知識のように求めてなかったか? ある意味これは自分の望んだ結果だ。 いっそ、弟になりきってしまえば、笑ってくれた? くだらない嫉妬で見せつけて、 ロケット工学抜きで側にいたいと言わせてみせて、弟以上に大事だと選ばせて、満足かい? ロケット工学だけで繋がっていれば、ぼくは弟ではなく、友人でいられたのではなかったか? 結果、力なく微笑む貴方に、こんなはずじゃなかったのにと思うばかりだ。 一人よがりな愛情を押し付けて、全ては貴方の為になる事だと思ってた。 貴方が望んだかどうかなんて二の次で。 ごめんよ、アルフォンス・エルリック。 ぼくは君から大事なお兄さんを遠ざけたばかりか、 君のお兄さんの意思の強い瞳まで奪ってしまった。 それでもぼくは君のお兄さんを――――― ・◆・◆・◆―――――――――――― 頭ん中でわかんなくなっちゃう 今の形を探してんだけど戸惑いながら揺れ動くみたいに 君との気持ち探ってしまうから 街に広がる幾つものテンション 空をたたいて明日になって 疑いながら信じれる思いが 数えきれないくらいやるせなくなるよね 体にもたれ感じたい鼓動に 顔うずめながら温もりを覚えたい 時に転がるちっぽけな石を あの飢えた川に投げ込んで 少しぐらいは受け止められちゃうくらいの スキを見せるんだっていいのにね 何もかもがもう計算高くなって 君の全てさえもうわかんなくなる あの丘を越えて there is love yeah... 心動かす衝動がいつも 強く優しく後押ししてる 現実みのない欲望と深呼吸して 限界なんかじゃないって瞳閉じて 空と大地の間で求める事に 何かアルって答え探してる 君とだったらどんなやばい宇宙だって 乗り越えていくかてになる 誰も知らないトビラの向こうに 飛び込んでいる夢をみてる 光りの中へ there is love yeah... there is... 作詞 hitomi 一部割愛 ――――――――――――― それはまだエドワードさんが空を見ていた頃の風景 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1923.1 年明けそうそう、右手首を捻挫した。 単なるぼくの不注意で、誰も悪く無いのに、エドワードさんはひどく責任を感じてるようだった。 ぼくは性格が悪くなったんだと思う。 エドワードさんが責任を感じてるのをいいことに、引きずりまわしてる。 やれ、図面を引いてだの、工場まで工具と本を届けてくれだの、エドワードさんのシチューが食べたいだのわがまま放題。 エドワードさんだって義足・義手なのにね。 いけませんか、少しでもエドワードさんをロケット工学に引き止めていたいと思うのは。 エドワードさんは右から左へと図面をひく。 左ききだから、そうしないと、かすった線で汚してしまうから。 エドワードさんのひく線はきれいだ。芸術といっても良いと思う。 エドワードさんが図面を引いてる姿はもっと綺麗だ。 大きな紙面に精一杯腕をのばして、小さな躯体を駆使して、迷いなく線を引く。 ときどき前に落ちてきた髪を後ろへ振り払うしぐさも好きだった。 腕まくりまでしてたら、そこから見える義手が何だって言うんだって思う。 さすがにね、ちゃんとした設計図をひくときはコンパスを使うけど、ちょっとしたモノだったらフリーハンドで円を書く。 ぼくはね、コンパスでひかれた無機質な線より、エドワードさんが時間を惜しむように画く円の方が大好きだった。 真剣に図面を引いてるエドワードさんを見ながら、ぼくが頬杖をついたままそんな事を話したら、 エドワードさんはテレくさそうだけど、気負いなしに 「そりゃどうも」て笑ってくれたよね。 あの時はそんな、なんてない日常だったのにね。 根をつめすぎてるエドワードさんに少し休めばって気軽に言えてたあの頃が懐かしい。 今はとてもじゃないけど、怖くて言えないんですよ。 エドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 散開した鋼の破片の中でうなだれる彼を見た時に無償に腹がったったのを覚えている。 雨が降っている事すら忘れていた。 後に弟の方が言う 「可能性を投げ捨てて、死ぬほうを選ぶなんて そんなマネは絶対に許さない」と。 先が見えなくても、立ち止まってしまう事の危険性は君が一番よく知っているハズだ。 運命に喧嘩を売ってこその君だろう、 なあ鋼の。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1923.春 春になって、エドワードさんの容態がだいぶ安定してきた。 やはり湿っぽい冬に比べれば、柔らかな陽の光と若草の萌ゆる季節はそれだけで活力になるものだ。 最近はグレイシアさんにヒューズさんを嗾けるのが楽しいらしい。 代わりと言うのもなんだが、今度はぼくの方が微熱が続き、咳がでる。 これはきっと罰なのだ。 過ちに気付きながら、引き返すことのできない自分への。 雪が溶けても、 罪は解けない。 いつまでエドワードさんをごまかしきれるだろう。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 殊更、自分からロケットの話題をふることはしない。 その必然として、以前より向こうの世界の話をする事が多くなった。 その度に、アルフォンスが苛立ってるのもわかっている。 そうだ、それでいい、 どうか、拒絶してくれ、 オレからお前を手放すことはできないから、 お前が否定してくれれば、まだあちらの世界を見ていられるから。 ―――――――――――だから、どうか、受け入れて、楽にしてくれ。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 立って歩け、 前へすすめ、 自分で考えろ。 ・◆・◆・◆―――――――――――― in ミュンヘン 1923.10 オーベルトさんの本が出版されて、世間がロケットブームに湧くのと反比例して、 エドワードさんの熱意がさめていくのがわかる。 「それにちょっと、嬉しいんだ。 エドワードさんが女の子に興味を持つなんてね。」 エドワードさんが別の道を見つけて歩きだしてくれるなら、この世界を見てくれるなら、 ちょっと悔しいけれど、それはそれで喜ぶべき事だ。 「あの人は他人に無関心と言うか……なんだか人と深く関わろうとしないんだ。 いつも別の世界の話をしている。」 だけど、ノーアの不安を解きほぐす為に、そう言いながら、言いようのない胸騒ぎがしていた。 これは、自分達の工場が持てるかもなんて期待じゃない。 なぜ、彼女だったのか、 エドワードさんは彼女の何に興味を持った? 果たして、ノーアはエドワードさんがこちらを受け入れるきっかけとなるだろうか… 彼女の言が確かなら、エドワードさんの求める世界とは....... ・◆・◆・◆―――――――――――― 今朝、とうとう吐血した。 何かわだかまりを吐き出したかのように、その赤い鮮血を見て、途端に思考がクリアになる。 あぁ、現実を直視してなかったのは、自分も同じだったようだ。 何をぐだぐだ悩んでいたのだろう。 思考の迷宮は答えされ出ていれば、その過程は愛おしいけれど、さほど難しいものじゃなかったよ。 まるで、エドワードさんの書く、数式のようだね。 ぼくは、ただ、エドワードさんの本当の笑顔を見たかっただけなんだ。 そして、その解を得るための方法をぼくは知っている。 弟さんが、とかは建前で、 ぼくもエドワードさんと研究を続けてたあの頃に縋って、夢を見続けようとしてたんだ。 貴方と、自分と、世界の全てを手にいれようなんて。強欲だね。 貴方を引き止めても、貴方の幸せがここにない事は、もう、わかりきっていたのに、 今まで、ぼくのわがままに付き合わせて、ごめんなさい。 でも、あともう少しだけ、我がままを言うよ。 ―――――――――――――ぼくが、ぼくで、ある為に 意地をはらせてもらんうんだ。 ねぇ、だから貴方も夢から醒めるといいね。 エドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― もし貴女に出会う事がなかったら、ぼくはきっと何も残せないまま終焉を迎えていただろう。 エドワードさんに貴女が必要だったんじゃない。 ぼくに貴女が必要だったんだ。 ぼくは、貴女のように、エドワードさんの肩に触れただけで、彼の世界を見る事はできなかったけど、 貴女が彼の世界を肯定してくれたおかげで、 今、こうして、ぼくは、ぼくにしか出来ない道を迷いなく選べたから。 彼を信じる為の後押しをしてくれた貴女に、ありがとうを――――――― ・◆・◆・◆―――――――――――― 自分が世界から消えるって怖いよね。 どんなに頑張っても、人はアイデンティティーまでは残せない。 だから、何かを残せたって確信が持てて終れるなら、その人生は決して不幸ではないはずだ。 アルに会えたと言った貴方の笑顔。 久々に、 いや、 初めて見たかもしれないね。 それが、貴方があちらに残した生きた証なら、貴方は帰るべきですよ。 思った以上に残された時間は少ない。 ぼくの命が尽きる以前に、貴方達は自力で戻ってしまうかもしれない。 この不安、 この焦燥感。 ほんとうに、よくも気軽に休めばなんて言えてたよね。 今なら貴方の気持ちがわかるよ、 エドワードさん。 ・◆・◆・◆―――――――――――― たとえ別世界にいようとも、目の前にいなくても、姿かたちがなくても、命さえ費えていても、 貴方と共に在り続けられる術を――――――― 最後に悔しいけど、誤解されたままなのは嫌だから、きちんと言葉にして伝えるよ 「ぼくは、ぼくだ、確かに…… ここに居る 忘れないで」 ・◆・◆・◆―――――――――――― 他の誰が忘れても、 オレは覚えている。 お前の声、 お前の温もり、 お前の笑顔。 メビウス リング クロスロード Reflection へ |
■ メビウス リング クロスロード Reflection
2023 / 11 / 08 ( Wed ) 紡がれる螺旋のさきがけに辿りついた扉は、あの頃よりも遥か遠く―――――――――――
・◆・◆・◆―――――――――――― どんな状況でも笑えたら、それがその人の底力だ。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 母さんのいない世界なんて いらなかった アルのいない世界なんて いらない つまりはそう言う事なのだ。 アルフォンスのいない世界なんて いらない なんて 言えない。 世界は廻る。想いは巡る。 形あるモノはいつかは壊れる。 破壊なくして、創造はない。 人は生まれ堕ちる以上、いつかは死ぬ。 なのに、 人の死を前にして、 いつも理不尽な事が起こったように思うのはなぜだろう。 たとえ、天寿を全うして安らかな骸を前にしても あるべきものが、永遠に失われたのだと、 ましてや、目の前の光景は尚の事、理不尽に写った。 向うの世界に還る事がアルフォンスと永遠に別れると言う図式をオレはどれ程に理解していたのだろうか? 横たわるアルフォンスと、あちらの世界に戻ってしまった自分。 結果としては 二度と触れあえない。 微笑んでもらえない。 笑ってあげられない。 何も、何も 返してあげられない。 同じ事だ。 ――――――――――――― 同じわけがないだろう。 ・◆・◆・◆―――――――――――― まずい…… と思う。 何も目の前にならぶ、白ソーセージやこの土地特有のクセのあるビールの話ではない。 この状況になじんでしまっている自分に、である。 席は円卓から、カウンターに移った。 店の中央の喧噪を、まるで切り取られた一枚の絵画のように眺めてみる。 赤みの強い照明の下、ビール片手に円卓を囲んだ人々の中央でアルフォンスらがカードをめくる。 ポーカーに興じているアルフォンスの手札がココからは丸見えで、 たかだか「9」のワンペアで、何食わぬ顔でレイズする。 普段屈託なく笑ったりと表情は素直に出すくせに、今や文字通りのポーカーフェイスだ。 常々思うが、アルフォンスのカードの引きは決してよくない。大博打のできる強運には程遠い。 それでも負けないのはブラフのかまし方と駆け引きの絶妙さなんだろう。 一方アルの方はと言えば、あの無表情な鎧のクセに、カードを引いた瞬間にはなんとなく空気が読めた。 うーん、さすが兄弟のなせる業。 その一瞬を見逃した時はとりあえず自分の手持ちのカードをそれなりに工作する。 兄の威厳にかけて負けるわけにはいかないのだ。 それでもオレの予想を上まってくるのがアルのすごいところで 最後に勝負した時にはオレが場を読んでるのを逆手にとって、仕掛けてきていたように思う。 結局、二人して策略家なのか? アルがアルフォンスのように表情を見せる事が叶ったなら、その笑顔を駆使してオレを騙しにかかるだろう。 兄の威厳も大事だが、そうやって騙されるのは悪くない。 ほら、 まだ、 大丈夫。 湧き上がる笑い声に、思考を円卓に戻す。 どうやらアルフォンスが「9」のスリーカードごときで全員をドロップさせてしまったらしい。 おそらく最後の局面まで残っていたのはドルチェットで、ドロップする以前はアルフォンスのカードより良手だったのだろう、天をあおいで悔しがっている。 テーブルの上に投げ出されたカードを見ようとして、視界が黒く霞む。 酒による酩酊感でも、浮遊感でもない。 むしろ、目の奥がずうんと重く、肩から引いていく力が末端の手足を地に縫い付ける感触。 動けない、 動かない。 目をそむけるな。 「一は全、全は一」 むかつく事に、別段、オレがいなくても、世界は滞りなく回るのだ。 あちらの世界も、こちらの世界も。 錬金術師なら自明の理だ。 オレがあの、絵画のような暖かな輪の中に収まろうと関わるまいと、 変るのは世界ではなく、オレ自身。 だから、この思考回路はまずいだろ ゲームがひと段落して、人がわらわらと移動する。 ごそりと椅子を牽く音、 飲み物のお替りを注ぐために鳴るグラスの高音。 つまみを追加注文する声。 皿が重なり響きあう。 「なんだ、エドワード。飲んでないじゃないか そんな端に寄って、もう酔ったのか」 カウンターの下座から声がする。声と朧げな輪郭でヨゼフだとわかる。 「ばーか、 これ位で酔えるかよ」 愛想笑いで目を瞑る。 いつも思うのはこの状態に陥った時のオレの瞳って、見た目ってどうなってんの? 誰かに尋くわけにもいかないんだけどさ 「つげよ」と言って、1/3程残ったビールを飲み干して、空になったジョッキを右手で弾いてカウンターに滑らす。 距離3m いや 2.5m? 判断を誤ったと判ったのは、ガラスの割れる音を聞いた後。 「あ、わりィ」 片付けようと立ちあがり、一層、視界が狭まる。 どうごまかすか? 眉根を寄せて、焦点を合わせようとしたが、徒労に終わる。 手足を縫いとめていた感触が、肩へ重圧として逆流する。 それを実感する以前に意識ごと暗転する。 視界が眩む、世界が暗む。 「急に立って、酔いが回ったか? おーい、アルフォンス …… … 」 アルフォンスを呼ぶ声がひどく遠い。 アルフォンスが呼ぶ声と、ひんやりと頬に伝うはずの床の冷たさをオレは実感していただろうか? ・◆・◆・◆―――――――――――― 酒で酔えればいいのだが、 アレを父親と呼ぶのはひっかかりつつも、この辺は確かに血は継いでいるのだろうなとは思う。 ピナコばっちゃんが、大人になったオレ達と飲みかわすのを楽しみにしてたっけ。 そして、それは決して親父の代役としてではなく、オレ達の成長を楽しみにしての事なのだ。 小さな頃に、ばっちゃんがあんまり美味そうに飲むものだから、 アルと二人でこっそり、ばっちゃんの目を盗んで飲んではみたけれど、あの時は苦いだけだった。 石橋を叩いて渡る性質と言うか、まずはちびりと口をつけたアルと違って、 いつもばっちゃんがしているように、盛大にかっ喰らったオレは当然の如くひっくり返った。 前後不覚になったオレをアルはばっちゃんに見つからない所まで移動させようと 負ぶったと言うか、引きずったというか…… あの頃はまだ、かろうじてオレの方が背が高かったんだよな…… 頬にかかるアルの髪がくすぐったかった。 一生懸命に自分を引っ張り、痛い程の腕を掴む力とウラハラに、 母とは違う子供特有のやわらかい背中と高めの体温。 「 」 頬に寄せるあたたかい背中? ・◆・◆・◆―――――――――――― 「兄の威厳にかけて、そう易々と、おんぶなんぞさせられるかっ!」 そう言って、いきなり上体を起こし、腕に全体重をかけてぼくの肩を押してきたエドワードさんを支えきれずに、 ぼくらは前につんのめった。 とりあえず、エドワードさんを支える為に後ろに回していた手をとっさに前に着き、 顔面から倒れることは、どうにかまぬがれた。 エドワードさんの重心が他へ移ったのを確認して立ち上がる。 「ちょッ エドワードさん、寝起きわるい」 抗議の声をあげてみたのものの、振り返ると、当のエドワードさんはへたり込んで、ぽかんとぼくを見上げてる。 「……… あれ?」 「アルフォンス?」 「はい」 「アルフォンス・ハイデリヒ?」 「はい、そうですよ」 なんだかなぁ…… わかってはいるんだけど、エドワードさんがぼくのフルネームを呼ぶ時は大抵、ぼくの瞳を覗き込む。 それはまるで儀式のように。 だけど、今は夜目にも余り分からないんじゃないだろうか? ―――――――――――――――――――――― ちゃんと見えてますか? エドワードさん。 「なんで、オレ、お前に負ぶられてんの?」 「店で酔い潰れたの、覚えてないんですか?」 「ちがう、そうじゃない」 「酔っ払いはみんな、自分が酔ってるの認めないものですよ。」 「そうじゃなくて、なんで負ぶられてんのかって事!」 質問の意図の違いがわからない。 まだ酔っ払っているのかと困惑していると、エドワードさんがたたみかけてきた。 「酔っ払いの運送法ってのは、肩貸して千鳥足ってのが相場だろ!!!」 憮然とした顔で言うエドワードさんを見て、漸く彼の言わんとする事を悟った。 「エドワードさんと、ぼくの身長差じゃ無理です。」 この辺の事はすっぱり、さっぱり言ってあげられるんだけどなぁ ・◆・◆・◆―――――――――――― 宇宙(そら)と、 暗い夜空に次第に視界が慣れてくる。 星と、月と、 遠い光が示すのは、 夜明けじゃない。 アルフォンスと ――――― 目が覚めても、 夢は、望みは、そこにある。 「店で酔い潰れたの、覚えてないんですか?」 ああ、なんだ、そう言う事になったのか。 それは、それは、好都合。 さぞや、皆の前で気を許しているように見えただろう。 あの絵の背景の片隅を埋めるくらいにはお役にたてたかな。 「ちがう、そうじゃない」 お前くらい、気付いてくれてもよさそうなもんなのにな 否、 一番に欺きたいのは、お前。 眩まさなければならないのは、オレ自身。 「酔っ払いはみんな、自分が酔ってるの認めないものですよ。」 見えてるさ、ちゃんと。 この状況に酔ってる自分がさ。 断わりゃいいのに、誘われる度に飲みに出かけてさ、 お前にそんな余裕はないだろ、 エドワード・エルリック 思い出す、あの時のつづきを。 当然、バレてこっぴどく叱られて、二日酔いの頭にガンガン響いたものの、最後にばっちゃんが 「酒の味がわかるようになったら、相手をしておくれ」なんて笑って言ってた。 今だ果たされない約束。 せめてアルだけでも、その約束を果たせるようになっているだろうか。 オレ達はいつだって共犯者だ。 罪ならオレが背負うから、 かわされた未来への約束は、お前が負ってくれればいい。 蒼い、碧い、月の光。 朧げな月を背に負い、アルフォンスがわらう。 「エドワードさんと、ぼくの身長差じゃ無理です。」 ほら、だからさ、アルフォンスには絶対踏み込めないだろう。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 驚いた事にミュンヘンに戻ると、ルーマニアへ行く前の家にオヤジはいた。 こちらへ戻る前には連絡はとらなかった。 ルーマニアでオーベルトと意気投合した時に当分あちらにいると電話したのが最初で最後だ。 家を訪ねた時にはオヤジは留守だったが、窓から見えた積み上げられた錬金術やらオカルトやらの書物で この家の持ち主が変ってない事がうかがえた。 鍵は家主に頼んで開けて貰った。 最低限の荷物をおいて、一息つく。 オヤジがもうこの家に居ないだろうと思いつつ、あてもなく戻ってきた自分。 これがウィンリィ相手だったら、スパナの一本も飛んできたのだろうが、無計画を責める相手もいない。 ほっとしつつも、オレはまだ、どうにかなると甘い考えを持っていたのだろうか? 最悪、アルフォンスの所に転がり込むつもりはなかったか? 一番、それをしてはならない相手に対して? 帰ってきたヤツを見て、あえてただいまとは言わなかった ヤツもおかえりなどとは言わなかった。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 義足の調整中、手持ちぶたさにその辺の本を手にとって読み出したのがまずかった。 常の自分なら本の内容を認めた途端に手放したかもしれないと、 移動が億劫な状態だったと言うのは言い訳にすぎないだろう。 敢えて触れないようにしてきたソレ。 懐かしい技術。 今、自分が猛烈に欲している力。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 錬金術。 「なんだ、迷ってるのかエドワード。 方向変換とはお前らしくもない。」 調整の終わった義足を手に持つオヤジに声をかけられるまで、 本に集中してる自分に、甘美な誘惑に嵌まってしまっている自分に気づいていなかった。 「ッたく、未練たらしくこんな本、何時までも置いとくなよ。」 覗き込んできたオヤジの鼻先で、必要以上に勢いをつけて本を畳む。 パン と思いがけなく音が大きく響く。 オヤジの前髪が揺れる。 「読み物として読む分には楽しめたさ、 こっちの、錬金術が衰退していく様とかさ、あっちじゃ絶対読めないからな」 ―――― 嘘つき 殊更平静を装って流してはみたものの、迷いが無いと言えば嘘になる。 だからと言って錬金術に発ちかえる気はさらさらない。 テーブルに本を戻す。 「だいたい、オレらしいとか、らしくないとか、あんたがどれだけおれの事知ってるって言うんだよ。 それと、人を猪突猛進のバカみたに言うな!」 義足をヤツからぶん取って、左足に填める。 ヤツ当たりする程、子供ではないつもりだが、どうもオヤジと関わってると語調がきつくなる。 「痛いとこを突いてくるなぁ」 間延びしたテンポが余計イラつかせる。 父親を気取るつもりなら、これだけバカにされたら、怒るトコロじゃないのか? ココは! いや、今更、父親らしさを期待したおれもバカで矛盾してるか? 「でも、一を言えば、十が帰ってくるようになって、父さんちょっと嬉しいかな」 ゴメン、鳥肌たったわ。 義足の調整も兼ねて、一発蹴り入れてみた。 「うっし! 良好だぜ、オヤジ。」 立ち上がって確認する。 調整したのは足だけだが、クセで右肩まで回してしまう。 見下ろすオヤジは「そりゃ結構」と言ったものの、床に手をつまたまま 家庭内暴力だの、「エドが反抗期だ、どうしようトリィ…」などと言ってそうな雰囲気だったので、 うざいのもあって、別の話を振ってやった。 ふと気になっていた事を口に出す。 「そういや、あんたの、真名って何て言うんだ? こっち来て知ったけど、“ホーエンハイム”って地名だし、本来“高い家”って意味だろ。」 つまり、通り名で言えば、ホーエンハイム地方の○○さん とか 高い家の○○さんになるのが普通の使いかたのハズなのだ。 大佐やダンテは「光の」をつけるが、別に国家錬金術師の二つ名でもない。 モノの本によれば、光すら錬成したからと言う事になっている。 「名前など、所詮、記号にすぎんよ、エドワード」 返ってきた答えは意外だった。 てっきり自分に興味を示した息子に嬉々として語ってくれるものだと思っていたのだ。 スルーしたい過去なのだなと話を打ち切ろうとした時、オヤジが言った。 「お前は知っているのだろう、アルの魂の成り立ちを」 卑怯にも、穏やかに、優しく、父親らしい顔で言ってくる。 迂闊にもおれの失態で、アルフォンスとオヤジを引き合わせるという事態を招いてしまった。 会わせるもりなんか毛頭なかったのに。 長身の背から伸ばされた手が頭を覆う。 「子供扱いするな」とか 「だれもアルフォンスの話なんかしてない」とか そうやって手を払いのけたいのにできなかった。 オレは親父似で、アルは母さん似だとよく言われた。 それは自分達でも分かってる。 親父が母さんの死に目に会えなかったのは自業自得だと思う。 だけど、アルは別だ。 オレが馬鹿な事を言い出さなければ、アルは間に合った。 母さんの面影を残したアルに会えたハズだったのだ。 叱ればいい、なぜ、恨み辛みの一言も言わない。 あの時、なぜ親父がリゼンブールに戻ってきたか、理由は今となっては明らかだ。 あげくの果てに、二人して今はこんな所にいる。 いつかオレは一人残されるのだろうか、この世界で。 そして、これが、あの家で親父を見た最後になったのだと分かるのは、まだしばらく後の事。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 「アルフォンスは、なんでアルフォンスなんだ?」 質問の意図を図りかねる唐突さは毎度の事ながら、 彼がソレを自覚も改めるのもしないのは、良き理解者に恵まれていたのだろうと思わせる。 本物には、本物が集まる。 それはまるで磁石と砂鉄のように。 自分もその一人だと自惚れる気はないけれど。 「自己を自己たらしめる証明。哲学の話ですか?」 「いや、単に名前の由来の話。 おれの弟にそっくりなお前が、名前まで一緒だなんて出来すぎだと思ってさ。」 ―――だからコレはおれの見てる夢なんじゃないかって――― 彼は最後まで言わなかったが、そう、言葉が続くような気がした。 たまに、ロケットの話から離れて、息抜きのたわいもない話になるかと思ったのに… 「東洋の言葉で『名は体をあらわす』って言葉があるそうですよ。 案外、先に名前ありきで性格が構築される要素だってあるかもしれませんね。 実際、こちらでも小説に出てくる名前と役のイメージなんて作家が違うのにダブったりするもんですしね。」 「ああ、パトリシアとか?」 エドワードさんの言った名前に心あたりはなかったけど、 直ぐに思いつく名前なら一つある。 「エドワードさんなんて、代々、英国の王様じゃないですか」 横暴で、傲慢で、世界さえも還られる覇者たるにふさわしい名。 そのぼくの胸裏に反してエドワードさんはきょとんと間抜けな顔をして 「……… あぁ、そうなんだ」 と返してきた。 英語は割りと流暢に話すくせに、本当に英国人ではないらしいと改めて思った。 「じゃあ、アルフォンスは?」 「そうですねぇ、芸術関係なんでエドワードさんは知らないかもしれませんが 最近の有名ドコロでは アルオフォンス・ミュシャ とか」 「ああ、あのムッチリ系の女の絵の?」 絶句。 エドワードさんが氏の絵を知っていた事にも驚いたが、 ミュシャの絵をそう評した事にものすごく脱力感を覚えた。 「……ムッチリ系って、エドワー 」 ぼくに、みなまで言わせずエドワードさんの言葉が続く。 「あの背景の細々したヤツ、錬成陣でも隠してんじゃないかと見入っちまった事があってさ、 すっげー、騙された気分になった。」 再び絶句。 ああ、そんな理由で覚えてたんですか、そうでしょうとも、あなたの関心を引くことなんて。 「お前も、ああいう緻密なの好きそうだよな」 「そうですね、エドワードさんにロケットの外装デザインを任せようとは思いませんよ」 事実、彼が研究に加わって、エンジンの構造は飛躍的に簡素化されムダな配管がなくなった分強度を増す事に成功した。 が、強度化の段階で何故こうなるのだと言いたくなる流麗さに欠ける出来だったのは誰もが記憶に新しい。 外見より内実をとるクセに、どうしてぼくにこだわるんですか? ・◆・◆・◆―――――――――――― まずい…… と思う。 スプーンを咥えたまま、思わず腕を組む。自然と眉間にしわが寄る。 テーブルの上にはぽつんと一皿、クリーム色に赤の映えるホワイトシチュー。 アルフォンスから「おそそわけ」と満面の笑みで言われて、人参とジャガイモを受け取ったのが昨日の話。 日持ちのきくこれらを、このご時勢におそそわけと言うのはいくら鈍感なオレでもアルフォンスの言わんとする事は伝わってくる。 アルフォンスの気遣いを無碍にするわけにはいかないので、シチューなんぞを作ってみたものの 一人で食べる食事はこんなにも味気ないモノだったろうか? 味自体は悪くないはずだ、何しろダブリスの肉屋仕込みなんだから。 錬金術は台所から生まれたなんて言うくらいだし、 そもそも、アルと競って、母さんの手伝いをしたくらいだ。 母子家庭育ちをなめるなよ。 そうして、長く、オヤジが戻って来てない事に気がついた。 どうしてくれよう、この、余った牛乳を! このオレが牛乳を買う日がくるなんて! おそそわけのお返しにアルフォンスに献上すれば、あいつを驚かせられる事請け合いだ! あとは野良猫にやるくらいしか行き場がない。 シチューは冷めるにまかせて、上着を羽織る。 義肢の付け根が痛む。 じきに雨が降り出すのも分かっていながら家を出た。 ・◆・◆・◆―――――――――――― いっつも、肝心な時にいないんでやんの ・◆・◆・◆―――――――――――― 人は一人の時に孤独を感じるのか 大勢の中で一人だと痛感するものなのか 夕食を馴染みのビアホールで仕切り直してみたものの、 結局、どちらも美味いと思えず、自己嫌悪。 アルが物を食べれない体になって、 自分もしばらくはそれどころではなく、 点滴だけで生きてたか、口に運ばれたものを無意識に食べてたかは記憶にない。 そうだな、あの頃の外界を遮断してしまったカンジと、フィルター越しにこちらを見ている自分。 オレはあの時点に戻ってしまっただけなのかもしれない。 これでは、成長してない…………チビ…と言われて……も反論のしようがない。 ………今、ちょっと、自分で言って、自分に腹がたった。 まぁ、いいや、怒りでも原動力になるならさ。 機械鎧のリハビリ時にはアルとウィンリィが交代で介添えしてくれて、自分は与えられるばかりで、 アルが食物連鎖の輪から離れてしまったと痛感したのは愚かな事に、旅に出て、外で食事をするようになってだ。 その事実に凹んだのはむしろオレの方で、アルはとっくにそんな覚悟はできていて.... 「兄さんに、先に凹まれると、ぼくの立場がないんだけど。」と言われた。 その後もアルは都合がつく限り極力、食事の席に同席する。 だからオレも努めて旨そうに食べていた。 「兄さんがね、美味しそうに食べてると、そうやって盛ってあるのは美味しいんだろうなって分かるんだ。」 すこし遅い昼下がりのランチ。 そのカフェの食事も旨かったのだが、時機を外してお腹が空いていたのも手伝って 不覚にも、余程オレは幸せそうに食べていたのだろう。 アルの嬉しそうな声に、気まずいとか、気恥ずかしいとか以前に「ああ、そうか」と思った。 それからは、食後に一言でも「うまかった」とか「塩が利きすぎだった」とか感想を伝えることにした。 そうやって、魂だけでなく、アルの感覚を繋ぎとめていく。 おかしいな、もう、そんな必要がなくなったアルを望んでるハズなのに、 必要とされなくなったからオレはココにいるみたいだ。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 店の外に出ると、わかっちゃいたけど、とうとう霧雨が降り出して泣きっ面に蜂。 四肢がしっとりと濡れて重い。 スモッグだか、霧だか判別のつかない先行きにうんざり気鬱度が増す、ビアホールからの帰り道。 肩が触れたとか言ってインネンつけてきたコテコテな三人組。 金髪碧眼、でもアルフォンスにはちっとも似てない。 「悪りぃ」と謝ったつもりが、おれも珍しく酔ってたのかね。 後の反応から察するに英語で「sorry」って言ってたようだ。 うっわー この人達、最近流行りの国粋主義者の皆さんだ。 オレには判んない感覚だね。 大佐だって軍人だけどこれ程バカじゃなかったと思うよ。 向うも酔ってて呂律が回ってないのと、下町訛りが加わって、何言ってるのかわかんない。 多分、流れ者がどうとか、インフレの原因がどうこう言ってたんだろう。 はいはい、あんた達三国同盟の憎っくき敵ですよ。 実はアルフォンスにも言ってないけど、オレ、英国国籍持ってたりします。 自分もつい最近知ったんだけどさ、親父が裏ルートで偽造してやんの、余計なお世話だっつーの。 まあ、この辺の狡猾さは伊達に400年生きてないってカンジ? 褒め称えてやりたいトコロなんだけどさ、保険なんかかけるなよ、頼むからさ。オレは帰るんだって。 そうそう、そのオヤジが帰ってきてないんだよなー どうするよ? 悪りぃね、今、オレ、軽く受け流す余裕なくってさ。 オヤジの作った義足と義手は思った以上によく動いた。 オヤジが帰ってきたら褒めてやろうと思うくらいに。 二人ボコって、地に這わせたところで、 追い詰められて、怯えた三人目がポケットから刃物を取り出した。 両手で震えながら持つその様を見て目眩がする。 あぁ、なんでド三流相手にしてんだろ、オレ。 オーベルトですら、戦地行って、医学に限界感じて戻ってきたってのによ。 覚悟もないのに、そんなモノ持ち出してんじゃねーよ。 国粋主義者が聞いて厭きれる。 刃物は確実にしとめたいなら、確実にその感触が手に残る。 銃とは違い、その責任を負うと言う事だ。 これもまた、等価交換。 厭きれてるオレに無言の圧力を感じたのか、男の緊張の限界だったのか、男の足が半歩下がる。 突進してくる踏み出しだと感じたオレは、いい加減相手が可哀想になってきたので 軽くいなすつもりだったが、邪魔が二手入った。 一方は気絶させたと思っていた地面に転がる男に左足の義足を掴まれていた事。 もう一方は、正面の表通りから差し込んだ光。 「おい、そこで何してる」 光と、詰問の声と、突っ込んで来た男の声、硬質の金属が石畳にぶつかる音が重なった。 眩しさで視界が遮られる。 足を掴まれて思うほど体勢を逸らせなかった。 次に眼下を掠めたのは、刃物の鈍い青い光。 左頬に当たる刃物の切っ先を冷たいと思うヒマはなかった。 突進してきた男は、そのまま路地を抜け、光の差し込む表通りとは反対側に逃げて行った。 足元の男は、何やらヨロヨロ動き出しそうなので、右足で踏んでやったら静かになった。 視線を上げる。 逆光と霧で声の主がよく見えない。 徐々に見えてくるソレは、まず特徴のある帽子がみてとれた。 相手は金髪碧眼で、こっちは英国籍の流れ者。 一人逃げたけど、3対1 転がってるのは由緒正しきアーリア人? 状況だけ見たら、オレの方が不利かなぁと、妙に冷静に考えながら 悪い事をした気はないので、その場で待つ。 視界が慣れて、瞳に写るものがる。 視覚と認識のズレだけが焦りのように感じ取れる。 「…………………ヒューズ…さん?」 立ちすくむ手足に、必死に伝令を与え駆け出した。 オレの声が届いてなければいいと思った。 この夜を霧が隠してくれる事を幸いに思った。 こんな日は大佐はきっと無能なんだろうけど……… ・◆・◆・◆―――――――――――― ソレは初めは小さな金の光にすぎなかった。 目覚めを誘う明け方の陽の光を夢現に認識してる程度だと思っていた。 ソレが次第に胎動していき、ヒトガタをとろうとしているのだと気付いた頃 同時に何事かを発しているのだと気が付いた。 貴重な睡眠時間にうろちょろと現れるソレ。 だからこそ、深い眠りを貪りたいのに引き寄せられる。 いや、 懐かしさに、引き寄せてるのはコチラなのか? 朧げなヒトガタはコチラに何かを頼みたいようなのだが、肝心なトコロが伝わらない。 あちらがその頼みに引け目を感じているもの、 その願いが切実なのも感じ取れるだけに、一層もどかしい。 なので、思い切ってコチラ側から問うてみた。 「君はいったい何者なんだ」 まったく、頼み事があるなら正体くらい明かしたまえよ。 「imaginary number」 意外にも答えは明朗に返って来た。 「解を得る為に、便宜上、必要な偽りの存在」 「今はそんなトコロです」と付け加えて、光は急激に霧散した。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 虫の知らせ なんてものがあてにならないのは、 私が科学者として信じてないからなのか、 人として既に魂が劣化しているからなのか… 血だまりの中でお前を見つけた時、心底、自分の愚かしさを痛感した。 私がさして知りもしない人間と酒を飲み交わし、他愛もない話に興じて、残された生をただ消費していた頃、 お前の血と体温が徐々に失われていたのだと、 それでも、お前の出現ポイントが私の所だったのは、世界の慈悲に感謝すべきなのだろうか。 私の持ちうる限りの知識と技術を費やしても、 死線を彷徨い続けるお前を確実に引き戻す術などなく、 失われた体温が高熱へと転じ、一進一退を繰り返すお前に こちらの方が生きた心地がしなかったっと言ったら、お前は笑うかい? それでも、お前はあの中から生還した。 まちがいなく、お前は生きたがってるんだよ、エドワード。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 朝起きて、顔をあらう。 ふと、切られた頬の傷に冷たい水がしみて、昨日の事が夢ではないと知らしめる。 ―――――――――――――――「夢」? ――――――――どっちが? だってコレはなんて自分に都合のいい夢だ。 ヒューズさんが生きてるなんて。 おれ達が巻き込んで、死なせてしまった人。 親バカで、女房自慢で、世話焼きで、あたたかくて、まだ死んでいいような人ではなかった人。 おれはただ、あの世界から逃げ出したかったのか? そうまでして、自分の罪から逃れたいのか、エドワード・エルリック。 ああ、墓前に立つこともなかったな。 アルだけでも行ってくれてるといいんだけど…… どの面下げて行けるかな? あれだけ家族思いだった人の、残された家族に何て言う? アル一人だけに行かせるわけには、いかないだろう。 肩からさらさらと抜けていく力。 自分をかろうじて支えてる手は水で冷えてるのか、洗面台の淵に体温を奪われてるのか、 血の気がひいて痺れているのかもうわからない。 胃と咽喉下にくる圧迫感。 水道の栓を全開に開き、一緒に、吐瀉物を流し去る。 うっわー おれって意外に繊細。 昨日のシチューを温めなおして朝食にする。 食欲はなかったし、どうせ食べてもまた吐く気もしたが、無理矢理詰め込んだ。 食べるって事はさ、別の命を搾取して、生きる事を決意するって意味、命を繋ぐって事だろ。 オレ、こんな所で死ねないしさ。 生きてるんだしさ。 だからさ、どんな時にだって、食ってやるよオレは。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 「ひどい顔」 「男っぷりが上がったと言ってくれ」 会って開口一番アルフォンスに見咎められた。 「酔って、喧嘩とは安い人ですねぇ」 お! お堅いドイツ人の本領発揮!? そもそも、なんでアルフォンスに怒られなきゃならないんだ? ………? 自慢じゃないが、頬の切り傷以外、あざが残るようなダメージは受けていない。 「なんでケンカだって、知ってるんだ?」 アルフォンスが大きくため息をつく。 「やっぱり、エドワードさんの事だったんですね。」 アルフォンスの誘導に引っかかったようだ。 ここは「思うんだ」ぐらいの質問に留めておくべきだったのだ。 「今朝、グレイシアさんと、ヒューズさんが――あぁ警察の人なんですけどね。話してるの聞いちゃって、 特徴がエドワードさんっぽいなと思って」 別にこの街で、裏路地でのケンカなど珍しくもないハズなのだが…… 「やっぱ、刀傷沙汰はまずかったかな?」 頬の傷を指してかきながら「単なるかすり傷なんだけど」と付け加えた。 刀傷沙汰で言えば加害者はアッチ、先に手を出したのもアッチ。 ただ被害の度合いで言えばコチラが加害者に見えなくもない。 「さあ? そう言う雰囲気の話ではなかったようですけど… それよりエドワードさん!」 …………警察沙汰より、ソレよりってナンデスカ? アルフォンスさん。 「頬の傷、差し引いても顔色悪いですよ」 そりゃ、結局、朝食、食った後にまた吐いたし… 胃の中、多分空っぽだし…… 言えやしないけど。 なんでバレちゃうかなぁ アルフォンスの手がオレの頬に触れ、親指がやさしく傷口のそばをなぞる。 心配そうな顔でおれを覗き込むアルフォンスの瞳はやっぱり澄んだ蒼色だ。 「おお!それだアルフォンス。折り入って頼みがある」 あ、なんか今、期待する眼をしたぞこいつ。 「うちの牛乳、引き取ってくれ!」 頬を包んでいた手が肩へと落ち、アルフォンスはガックリと項垂れた。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 逃げ切れるとは思ってなかったけど、やっぱり夢に捕まった。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 午前中は大学の図書館でアルフォンスと文献を探して、 昼は二人でいけしゃあしゃあと大学の学食にもぐりこんだ。 その後、また図書館に戻って、アルフォンスが書架をうろついてる隙にトイレ行くふりしてまた吐いて、 例の発作を起こしかけたのが、多分2時頃。外から時計の鐘の音が2度、聞こえたと思うから。 ひょっとしたら、3度目も鳴っていたのが聞き取れてなかったのかもしれない。 席でうたた寝してるふりして誤魔化した。 おやさしい、アルフォンスはオレの顔色から寝不足だと判断したようで、夕方まで放っておいてくれた。 夕食はいつもの通りビアホールでと言う事になって 道すがら、 「寝てただけだから、腹あんま減ってない」とか 「昼飯のあとってなんで眠くなるんだ」とか 前フリとか言い訳がましい事を言ってたのに、 昨日のケンカ現場の側を通った時に、全部無駄になった。 たがだか酔っ払いのケンカごときに、 現場百回とか、犯人は犯行現場に舞い戻るとか適用させる必要もないと思うんだけど。 ヒマなの? おっさん。 「落としもん。」 虚空の中を放物線を描いて、自分の手元に納まるソレに、軽い既視感を覚える。 そして、その時、初めて自分が昨日の内に懐中時計を失くしていた事に気がついた。 手元のソレに気を取られている間、アルフォンスはヒューズさんと親しげに話している。 ・◆・◆・◆―――――――――――― テーブルの上に、手元に戻ったばかりの時計を転がしたまま、 エドワードさんは心をココにあらずと言ったふうで、一向に食が進んでない。 調子が悪そうだったので、図書館で一時間程眠らせてあげたけど、あまり回復してないようだ。 何度か名前を呼んで、促してみるけれど、ビールに一口、二口、口をつけて終わってしまう。 何も食べずに、そんな飲み方してたら、ろくな酔い方しないのに…… まぁ、どうせ今夜はエドワードさんちの牛乳を引き取りに行くから、送っていくのにはかわりはない。 それに、エドワードさんがこうなった原因もだいたいわかってる。 「ヒューズさん」 「……え」 不意に出したぼくの言葉に、ようやくエドワードさんが此方を向いた。 「知ってる人?」 「いや、初めて会ったよ、お前の方が親しげだったじゃないか」 「じゃあ、あっちの人だ」 ビアジョッキを仰いで、空になるまで飲み干した。 エドワードさんが息を飲むのがわかる。 それはぼくが疑問ではなく、断定したからですか? 「オレのせいで――――― オレが殺した、 オレ達のせいで死んだ人。」 遠くを見てるくせに、 どうしてぼくを挑発するような言い方ばかりするのか 同じ物を見て、同じ体験をしてなければ、何も理解できず、分かち合えないとでも思ってるんですか、エドワードさん。 「いいでしょう、 聞きますよ」 ・◆・◆・◆―――――――――――― 飾り気も何もない、ただの懐中時計。 国家錬金術師としての特権も身分も証明しない、時を刻むだけしか能の無い時計。 戦場での人殺しの強要も、自らの罪への重責も戒めない、螺子を巻かなければ止まる時計。 それを今度はヒューズさんから受け取るのか 世界はなんて都合よく出来てるものか。 あの現実を、惨劇を、夢として片付けるわけにはいかないのだ。 等価交換と言う名の諦めの理由。 ヒューズさんだけじゃない、オレはあまりにも無関係な人達を巻き添えにした。 その結果が オレがこの世界に生き延びた事ではない。 その等価は オレがアルを錬成したと言う事。 強欲だろうと、悪魔だろうと罵られてもかまわない オレにはあれだけの犠牲をはらって 何も得られなかったと アルを取り戻せなかったとは思いたくない。 アルが生きていてさえいてくれれば、それはオレがあの世界で生きていたという証にもなる。 せめて、アルの無事を確認する術があれば もう、オレはあちらに戻れなくてもいいんだとも思う。 だが、それでは、全ての責をアルに押し付けて、 オレはあちらから逃げ出しただけにならないか? オレはこの世界に堕とされて、それが代価なんだと、罰なんだと、思っていた。 オレが全部を引き受けた気になっていた。 錬成に成功していたとして、あの現実に一人残されたアルはどうなってる? 戻りたい と、思う。 自分の為に、 戻らなければ と、思う。 アルの為に、 どんな方法をとろうとも。 テーブルの上に置いた懐中時計にもう一度、目をやる。 安楽な夢に自分だけが溺れるなと、 秒針の音がオレを追い立てているようだと思った。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 奇しくも、今日は 10月3日 ・◆・◆・◆―――――――――――― Reflection Song by:林原めぐみ 作詞:MEGUMI 作曲:佐藤英敏 遠く近く鳴き交わす鳥達が 目覚めの朝を告げている 重い扉を開け放つ時が来た 幾度となく繰り返す 魂の叫び(戦慄)に 傾ける心もなく さ迷っている 何度となく訪れる 昨日と明日の間 今日という日置き去りに 未来に泣いてる 愛がないヤツ程 愛を語って やさしく微笑んで 吠えてる 正義をかざして 人を連れている 気付かずに 今を生きるのに多すぎるわ 人生(みち)を惑わす雑音 優しさの中にある 罠 抜け出さなくっちゃ 自分の中にある本当の 答と向かい合えたら 少しずつ変わっていく これからの私 今届かない言葉を あきらめてつぐんでも 生まれた思い消えずに 闇に溶けてく 夢を描くことすらも シュールにかたづけられ 熱望と拒絶の中 深くで泣いてる 夢がないヤツほど 現実に酔って したり顔で酔ってくるよ ぶつかることも 傷つくことも 上手に避けて うまく生きるより無器用でも 私らしく歩きたい 冷たさの中にある 愛 感じとれたなら 止まったままの歯車が又 ゆっくりと時を刻む 求めてた自分の場所 必ず見つかる ・◆・◆・◆―――――――――――― メビウス リング クロスロード メリッサ へ ・◆・◆・◆―――――――――――― |
■ メビウス リング クロスロード メリッサ
2022 / 12 / 25 ( Sun ) 荘厳な入れ物の中に浮かぶ空虚な闇 混沌にして錯綜する思惑の暗闇 無秩序を開く為の秩序の徴 紡がれる螺旋の先の為だけに、ここに標そう。 私達が繋いだ証を、ここに記そう。 生き繋いだ理由を、ここに示そう。 「あんたの、真名、 なんて言うんだ?」 エドワードには気づかれてしまったかもしれないな。 遠からず、お前がここに辿り着くと信じている。 だが、だからこそ、お前は私のようになるなよ、エドワード。 ・◆・◆・◆―――――――――――― クツクツ、コトコトとあたたかい音がする。 「……… 呼んだか? アルフォンス?」 「いいえ」 振り返って否定したアルフォンスは少し小首を傾げてる。 「……そっか、 ならいい」 オレも呼ばれた気がしていたので、腑に落ちないでつられて首をかしげそうだ。 「もうすこしで、できますから、テーブル片付けといてくださいね。」 牛乳を引き取りにきたはずのアルフォンスはキッチンに立つとおもむろに、シチューの入った鍋を暖めだした。 蓋をあけて、「男の料理ですね」と苦笑された。 うーん、まぁ、一人分、いや二人分にしては作りすぎたとは思う。 あと、何食分あるんだ? アレ。 「お前、まだ食う気かよ」 ビアホールでは、ほどんどオレが手を着けなかった分、アルフォンスが片付けてくれた。 呆れつつも、アレも持って帰ってくれるとありがたいなぁとか思った。 「エドワードさんの分ですよ、さっきはあまり食べてなかったでしょう」 夕食に関しては誤魔化せるとは思ってなかったけど、 ここまで気をまわせるのはアルフォンス故なのか? 「卵もありますね。使わせてもらいますよ」 どう答えたものか考えてる内に、アルフォンスは何やらキッチンをあさり始めていた。 アルフォンスがぽそっと「食べないと大きくなれませんよ」とかなんとか言ってたのは聞いてない事にした。(大人だろオレ!) 「オレ、今、そんなに入んねーぜ」 「ええ、問題無いですよ」 …………………………オレに食わせる以外に、何が? かくして、テーブルの上を飾ったのは、 予想に反してシチュー1品のみ。 おまけに具材は少なめに盛られ、スープはオレが作った時より白味が増していた。 「これなら、食欲なくても、軽く流しこめるでしょ」 そう言って、アルフォンス自身はマグカップに入れたホットミルクをすすってる。 自分も一口すすってみる。 「ひょっとして、牛乳増量したか?」 「あー 許容範囲突破しちゃいましたか?」 苦笑して、ごまかして、質問に質問で返して、肯定するってどうなんだと思いつつ、 そのシチューは母さんの作ってくれていたシチューの味に近かった。 そっか、牛乳飲めないオレに母さんはこう言う工夫をしていてくれたわけだ…… 「いや、飲めるよ」 不思議ともう吐く気はしなかった。 そして極めつけがこの一言。 「あと、余った牛乳でクレープ生地つくっておきましたから、朝にでも何か適当に挟んで食べてくださいね。」 ありがたくって涙がでちゃうね。 牛乳+小麦粉+バター = ホワイトソース 牛乳+小麦粉+バター+卵 = クレープ生地 成る程、図式で考えちゃうオレも味気ないとは思うけどさ、 アルフォンスはやっぱり、こっちの世界のアルフォンスなんだなぁとも思った。 「世が世なら、お前も錬金術師だったかもな」と冗談めいて言ったら、 「クレープ如きで大げさですよ」と笑われた。 ――――――――――――――――― うん、やっぱりオレは還るよ、アルフォンス。おまえがいい奴すぎるから。 ちなみに質量保存の法則により、 加え入れた牛乳分、更に増量したシチューは、アルフォンスに半分お持ち帰り頂いた。 せっかく、考えて牛乳は使い切ってくれたのに、悪りィなアルフォンス。 次の日から尚の事、研究に没頭した。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 灯りのない家に一人で帰る。 帰るたびに後悔する。 寂寞の昏黒 静寂の闇夜 今だ明けない常闇 もはや漆黒の光すら示さない。 工場にいた方がまだましだ。 そして打ちのめされるのだ。 錬金術師は創る者 行き詰る帰途への研究。 何も生み出せない、無力な両の手。 なんでオレが生きてる? 何も掴めないのに。 この世界を隔絶してきた。 オレが関わった全ての事象が対価なら、 これではこの世界でですら生きてるとは言えないか…… 一人、自嘲気味に笑う。 錬金術師の頃だって、無力だったろう。 布団の中に逃げ込み、目を閉じる。 闇の輪郭が無限に広がる。囚われて行く。 この世界に? 現実に? 懐かしい世界に? 夢に? 浅い眠りを心地よいとは思わない、だか、唯一、オレがアルに逢える方法。 だからさ、どんな時だって、眠てやるよ、オレは。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 状況を理解するまでに、かなりの時間を無駄にしたのだと思う。 オヤジに言わせれば、コチラに来たオレは一週間程、死の淵を彷徨っていたらしい。 その後も目を覚ましてはいても、意識が明瞭な状態ではなく会話などなりたたない。 夢現にオヤジの顔がちらちらするのが不思議だった。 オヤジからしても、さぞ、状況がわからずもどかしかっただろう。 混濁する意識の中では激痛を感じる事もなく、ひたすらオレは眠りを必要としていた。 手足を再び失った事に気づいても、左程ショックはなかった。 むしろ、自分が生きてる事の方に愕然とした。 ―――――――――アルは? オレが生きのびてしまってるなら、アルは? 身を包む、白く清潔でやわらかいシーツなど必要ない。 高熱でうかされて、動かない身体などいらない。 くれてやったはずだから。 代価は何? 何も、何も、いらないから、 ―――アルは? 再び衰弱していくオレに、横たわり、ただの肉塊になりさがっていくオレに、 手の施しようが無く父さんが言ったのを聞いた気がする。 「親に、二度も葬式を出させるなよ、 馬鹿者が……」 ―ごめんなさい― ―でも、いいよ― ―二度?― ―そっか、やっぱりオレ、死んでんだ。 よかった。― ―どこで― ―いつ― かあさんを錬成した時 ヨック島で エンヴィーに貫かれた時 第二研究所で スカーに襲われた時 バリーに振り下ろされた刃物で グリードを殺した時 ロンドンの焔の中で アルを錬成した時 アルフォンスと出逢った瞬間 アルの魂を定着した時 ―――――――――――――――――――――――――――――― どこからが夢? 既に狂ってるんだろ? オレも、時計も、世界もさ。 外の雨音が耳障りだ。 時計の秒針は止めてやったのに。 時が移ろわなきゃ、何も存在しなくていいだろ。 「お前は知っているのだろう、アルの魂の成り立ちを」 アルをカタチ創るもの、 オレをカタチ造るもの、 いつだって、傍にいて、確かめあう、鏡に映す、輪郭をなぞる、触れあう指。 虚ろでも、お前は確かに共にいた。 「…お…さんは ……作ってくれなかったのね」 ――――――――――――――――――――――― 存在証明 アルがいるから、オレがいる。 人がいるから、自分がある。 一人だと分らない。 お前がいないから、オレがいない。 ―生きて、 ……きて、 生きのびて― オレが生きてること誰が証明するんだよ。 親父がいない あの世界を証明してくれる唯一の人がいない。 ……か さん… …………とうさん…… どうやって、繋げばいい? 「立って、逃げろよ」 「可能性を投げ捨てて、死ぬほうを選ぶなんて そんなマネは絶対に許さない」 「たとえそれが 世の流れに逆らう どうにもならない事だとしても」 ――――――――――――――― いつだって、オレを救い上げるのは、アルフォンスと言う存在。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 「あいつはちょっと迷子になってるだけさ」 別れ際にあいつは言った。 その弟は今、オレの前にいる。 出会った時のあいつと、同じコートで、同じ瞳で。 今度は弟が迷子の兄を探してる。 まったく、しょうがない兄貴だな。 ・◆・◆・◆―――――――――――― とりあえず、エドワードさんを抱え上げて、仮眠室のベットに寝かす。 一向に目を覚ます気配がない。 それはまるで夢に囚われているように。 ようやく白じみ始めたの蛍雪の光も蒼白く、空気を凍らしたままで、まるで時も止まったようだ。 息苦しそうだったので、シャツのボタンを上から順に3つほど外してみたもののあまり変化はない。 うっすらとしめる額にはり付いた金糸は 出逢った頃は日向の子犬を思わせたソレとは違い、今や、か細く白い肌と合わせて儚げさを写している。 「少し痩せたね、エドワードさん」 自分の無力さと、浅はかさに腹がたつ。 左手で額の髪をやさしくはらいながら、自分の膝の上に置いた右手は無意識に拳を握り力が入る。 エドワードさんの集中力は長所であり、短所だと思う。 彼の焦燥感が出会った頃のソレに比べて、最近とみに酷くなったのもわかっていた。 ルーマニアにいた時と確実な違いは、一層、ぼく以外の人間には壁を作り自分からは関わろうとしなくなった事だ。 ぼくはそれをつまらない独占欲と優越感で許してしまっていた。 ロケット工学の一応の知識を得て、ぼく等は必要なくなったのだろうか。 ―――――そう言えば、錬金術に関しても、弟と二人、最初は独学だったと言っていた。結局、師匠にも破門されたとも。 尊大にして、孤高の人、本来人に頭をたれる気質ではない。 その彼が膝を屈するのは畢竟、弟の為。夢の世界の為。 それでも、愛すべき人と、大好きなロケット工学に打ち込んで、夢を共有してる状況が楽しかった。 休息を勧めつつも、無理強いしなかったのは、貴方と同じものを見てるのが嬉しかったから。 弟さんの知らない貴方と共にある時間が貴重だと思ったから。 根を詰めすぎてるのが分かってて、止めきれなかった。 自惚れでも、今ソレを、エドワードさんが言う事を聞き入れてくれるのは、ぼくだけなのに だから、ぼくも同罪なんですよ、エドワードさん ・◆・◆・◆―――――――――――― 自室に帰ったつもりが、目に映ったのは工場の仮眠室の冷たそうな天井で、 まあ、そんな事は最近よくある事だ。 布団にくるまれた身体が随分と熱いのに、額だけが冷たくて、 今日は冷え込んだんだなぁとか思って窓をみたら雪が積もっていた。 ふと、額に違和感を感じて手をやると、濡れタオルが置いてある。 「気がついたかね」 聞き覚えのある声が、部屋の構造上当たり前なのだが、右側からした。 「……オーベルト?」 「どれ、ハイデリヒ君を呼んでこよう」 そう言って、さして状況説明もないままオーベルトは部屋を出ていった。 オーベルトがいるのは謎だが、状況はなんとなく飲み込めた。 この件であいつと多少険悪になったのはつい最近。 アルフォンスは気遣ってくれただけで、オレが一方的に悪いのもわかってたが、 あいつの言い分を聞き入れるわけにもいかなかったのだ。 そして今まさに、事態はアルフォンスの危惧した通りに陥っている。 アルフォンスに突き放されただけで覿面にきちゃうオレもいよいよ末期かな。 突き放したのはオレのハズなのに、大概、自分の本性はわがままだ。 自分への腹ただしさと、情けなさと、溜息と。 身体が重い。 気分が重い。 これはもう、言い逃れも、取り繕いもできない最悪の状況だ。 そして、そんな状況でも、アルフォンスは怒りながらも、オレを赦すのだ。 どうせあいつの事だから、 今までつきっきりで付き添っていたのに、席を外した隙にオレが目を覚ましたにちがいない。 アルと同じで要領はいいくせに、アルと違って間が悪いのがアルフォンスだ。 ほら、チャプタプと洗面器に水を張った音が近づいてくる。 ・◆・◆・◆―――――――――――― エドワードさんに先に休みを勧めたのは自分だし、今だ完調でなさそうなのもわかっている。 加えて、ぼくと暮らし始めてからオーベルトさんの論文の手伝いをしているようで 工場に顔を出さず、益々ぼく以外の人間との接触を持たなくなってしまった。 家に篭りがちで、たまに出かけると言えば、図書館かオーベルトさんの研究室。 オーベルトさんの所で他の研究生とハイレベルな討論とか、最新情報とかやり交わしてくれてればいいんだけど どうやらそうでもなさそうで、 せいぜいオーベルトさん本人と2・3やりあう程度で後は事務的に状況報告をして帰ってくる。 「守秘義務とかめんどくせーんだよ。」 そう言う割りには、家でのレポート管理は開けっぴろげで、ぼくには意見を求めてきたりと、 ぼくのささやかな独占欲をついてくる。 その状況に再度、甘んじるわけにもいかないので、 エドワードさんの調子が良さそうな時は買い物などに連れ出して外の世界に触れさせる。 二人暮らしをはじめて1ヶ月近く経とうとするけど、二人分の生活雑貨を揃えたりと口実には事欠かない。 エドワードさんはいっぺんに揃えりゃいいって不服そうだけど、 いいじゃないですか、ゆっくり築く人間関係っだってあるんですよ。 そこに考えが及ぶとため息が出そうになる。 おそらく彼が――彼らが旅人で、根無し草だったのは本当の事なんだろう。 元来せっかちな性格な気もするが、出来る事は出来るうちにする。チャンスは二度目を考えない。生き急いでると言ってもいい。 そして、刹那的な人間関係。 だが、だからこそ、向うの世界ではその出会いを大切にし、今でも愛おしそうに話す。 その中で苦難をともにしてきた弟が唯一、彼と共に在り続けた者だったのだ。 果たして、エドワードさんが弟さんに再会できたとして、 彼がぼくに話すように、弟さんにぼく等の事を幸せそうに語ってくれるのだろうか? このままでは、ミュンヘンでの生活は苦しいだけで何も残らないのではと不安になる。 時は折りしもクリスマスシーズン。 久々に顔を出した太陽が屋根につもった新雪に光を拡散させて煌めいている。 青い空と、雲と、それになじんだ積雪の境界が綺麗だ。 想い出をつくるにはこんな日がいいね。 エドワードさんは神様なんていないって言うけど、 こうやって、不景気の中でも、クリスマスマーケットをたてて、 生きる為だけじゃない事に生活を費やして、つつましやかでしたたかだと思わない? 単純にオーナメントで飾られたツリーを綺麗って思えればいいんだと思うんだけど。 飾りつけは、飾った人が一生懸命思案して、どれ一つだって同じものはないんですよ。 ぼくと弟さんが違うように…… 見せておきたいと思う。 映して、写して、移しておきたいと願う。 夕方からは市庁舎のバルコニーでコーラス隊がクリスマスコンサートを始める。 さすがに今日はそこまでエドワードさんを外に居させるわけにはいかないけど、 いつかね。 そう、“いつか”でいいと思う。 どこからか、グリュワインの甘い香りが漂ってくる。 こんな時ばかりは、ドイツっ子でもビールより、暖かくて甘いホットワインの方がそそられる。 買い求めて、エドワードさんに渡すと不思議そうな顔で飲んでいた。 「お口にあいませんでしたか?」 「いや、あったまるよ」 体が温まって、心も潤ってくれればいいと思ったのに、 湯気の向うのエドワードさんはやっぱり思案顔だ。 「……お前さ、家帰んなくていいのか?」 エドワードさんがぽそりといった。 …この状況でどうしてそう言うこと聞くかなぁ、 自分はそんなに薄情に思われてるのかと心外だったけど、 よくよく考えてみれば、エドワードさんが弟さんをいかに想っているかの表れなのだ。 去年までは家族と――姉さんと過ごしていた。 今年は新婚家庭にお邪魔する気にはなれないし、何よりエドワードさんを一人にはしたくない。 だけど、ぼくとエドワードさんとの関係を考えたとき、やっぱり、兄弟とか家族とかはしっくりこない。 そうですね、やっぱりぼくはエドワードさんを兄として慕ってはないですよ。 「いいんです、今年は。」 しいて言えば、彼の人の安息の地であればいいと思う。 ・◆・◆・◆―――――――――――― いろいろ――罪だとか、あれこれ――罰だとか、考えて、理由付けをしてみたけれど、 あちらの世界の流れに従えないから、あの世界から締め出されただけ 単に、ソレだけの事だったんだろうと思ったところで、 アルフォンスからホットワインを受け取った。 これは何の冗談だ? オレはものすごく甘い罠に嵌められてるだけじゃないのか? シナモンと、レモンと、蜂蜜と、ワインが温められて一層、甘ったるい香りを醸しだしている。 思えば、相部屋話を持ちかけられた時もリンゴのコンポートの甘い匂いにつられたのだ。 赤ワインはこのお祭り騒ぎの主である神の血だと言う。まるで賢者の石の出来損ないだ。 リンゴは不思議な事に、こちらでも、あちらでも、知恵の実、いわば人間の原罪の形だ。 始まりは人体錬成と言う名の神の知恵を掠めた禁忌。 それを、加熱して、味付けして、ごまかして、受け入れ易くして、飲み込む。 だからオレは一つ賭けをした。 「……お前さ、家帰んなくていいのか?」 「いいんです、今年は。」 バカだなぁ アルフォンスは、 慈悲にあふれるお前は、もはや、オレにとって人ではないのだろう。 シナモンスティックが丸々1本ではなく、3分割されてそうなのがケチくさくって妙に笑えた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 楽園はどこに? ・◆・◆・◆―――――――――――― メリッサ Song by:ポルノグラフィティ 作詞:新藤晴一 作曲:ak.homma 君の手で切り裂いて 遠い日の記憶を 悲しみの息の根を止めてくれよ さあ 愛に焦がれた胸を貫け 明日が来るはずの空を見て 迷うばかりの心持てあましている 傍らの鳥がはばたいた どこか光を見つけられたのかな なあ お前の背に俺も乗せてくれないか そして一番高い所で置き去りにして優しさから遠ざけて 君の手で切り裂いて 遠い日の記憶を 悲しみの息の根を止めてくれよ さあ 愛に焦がれた胸を貫け 鳥を夕闇に見送った 地を這うばかりの俺を風がなぜる 羽が欲しいとは言わないさ せめて宙に舞うメリッサの葉になりたい もう ずいぶんと立ち尽くしてみたけど たぶん答えはないのだろう この風にも行くあてなどないように 君の手で鍵をかけて ためらいなどないだろ 間違っても 二度と開くことのないように さあ 錠の落ちる音で終わらせて 救いのない魂は流されて消えゆく 消えてゆく瞬間にわずか光る 今 月が満ちる夜を生み出すのさ ・◆・◆・◆―――――――――――― to be continued Next : メビウス リング クロスロード DEPARTURES・1 ・◆・◆・◆―――――――――――― |
■ メビウス リング クロスロード DEPARTURES・1
2006 / 02 / 09 ( Thu ) 屋根裏に続く梯子を昇る。 上がりきった先に待ち構える窓から見える外の空は今にも雪が降り出しそうな鈍色だ。 板張りの床が軋む音が響いて消える。 息が白い。空気が冷たい。ものを触るごとに奪われるような指先の温度。 そこかしこに転がる物は今はあまり使われなくなった物と言う事だ。 でも、いつか必要になるかもしれない物。 ぼくの記憶に新しいはずのそれらには、埃が降り積もっていて、確実に時間の経過を物語っていた。 帰るところを失くしたハズのぼくらをウィンリやばっちゃんはいつも温かくむかえてくれていたのだろう。 家を焼いてしまってからは、尚の事、ばっちゃんは僅かに残った僕らの思い出の品を大事に取っておいてくれたようで そして、それはこの4年間も同じ事。 ぼくの記憶にない、ぼく(?)と兄さんの写った写真。 ぼくの知らない兄さんの品。 金髪のきれいなお姉さんから受け取った、ぼくと兄さんの4年間を綴った手帳と紅いコート。 コートのサイズに関しては思うトコロもあるのだけれど、 それらは確実にぼくと兄さんの4年間があったと言う証。 兄さんがいたと言う証拠。 だけど、今、兄さんがいる証明にはならない。 奥の戸棚から目的の物を見つけて抜き取る。 ここだけはぼくが何度も扱うので、埃が徐々に払われている。 再び、シンと震える透明な空気の中に床板の音を溶けこませて階下に下りる。 ウィンリや皆がいて、暖炉の灯った、暖かい場所へと。 だけど、その輪に、兄さんはいない。 ・◆・◆・◆―――――――――――― 電話台の上に飾られた二人の写真 私も含めて河原で魚釣りをしていた時のものと記憶しているけれど、 エドとアルしか写っていないあの写真がよくも私の家にあったものだ。 特に二人が旅に必要な最小限の物だけを持ち出して、思い出と共にあの家を焼いてしまった後にはそれを幸いに思っていた。 けれど、この半年、私はあの写真立てを伏せては起こしてをバカみたいに繰り返している。 そしてその写真立ての上後方のボードには、幼馴染の家族が4人揃ってる写真も、無数の請求書や領収書、別の写真とともに貼られている。 二人の父親の顔は今も別の写真で隠れたままだ。 子供の背には高い位置にあるそれを、椅子を持ち出し、尚、その上で背と手足を精一杯伸ばしてアルが捲っていたのはもう随分と昔のこと。 兄に見つかっては機嫌が悪くなるのもわかっているから、周囲に十分気をつけての行動だか、椅子まで持ち出していてはとっさにごまかすのは難しい。 私の両親が死んでからは、私もアルのその姿は見ていない。 今のアルの背丈はもう踏み台を必要とせず、さりげなく写真を捲れるくらいには伸びている。 けれど、一つしか違わなかったハズの幼馴染は、私よりずっと幼い。 やはり、その年下の子に気を使わせているのだろうなと思う。 明日はラースの機械鎧の手術をする。 本来、エドの為に準備しておいた機械鎧。 この事に関して、アルが何も言わないのは、エドが機械鎧を着けていた実感がないからではないと思う。 そして、何より、 このごに及んで、あまり踏ん切りになりそうもないのを、エドにもアルにも、そして何よりラースに申し訳なく思う。 ねぇ、エド、 あんたが元の身体に戻るまで、わたしがサポートすると言ったあの日から、 あなたと共に私はあるわ、 私と共にあなたは無いけれど。 ・◆・◆・◆―――――――――――― その、二年後 ・◆・◆・◆―――――――――――― 押し込められたベットの上から、首もとを遡上し額に触れ、前髪を掻き下ろすアルフォンスの温かく柔らかい指。 眼を閉じて意識を集中させる。 アルフォンスの蒼い瞳を見れないのは惜しいと思うが、それ以上に顔を見てしまっては決心がにぶる。 だから声だけを聞く。 多分、オレの知るアルが成長していても、そうはならないだろう、アルフォンスの声。 「そう言えば、オレ、アルフォンスの事あまり知らないな 話せよ、アルフォンスの事、そうすれば、オレもあっちの世界の事、話してやるからさ 等価交換ってヤツだ」 ―――――――確認する、これは儀式だ。 「えーと、 アルフォンス・ハイデ |


